「ファン」の話  続き

「ファン」の話  続き

前回の続き。
続けてどうする。と、自分でも思うが、ちょっと、思い出してしまったもので。
ただ、今度は、言葉本来の意味での「ファン」ではあるんだけど、
「それ、違う」と思った話です。

20年以上前の大学生の頃、私、京都の太秦に住んでいて、
なので、東映で単発のバイトをしたことが、何度かあります。
年末とかにやっている、テレビの時代劇の6時間スペシャルとかそういうのの、
エキストラとか、装飾(小道具みたいなやつ)とかで。

で。その時に、痛感したんだけど、
ロケを見物してるおばちゃんたちって、本当に、ひどい。
たとえばそこに加納竜がいたとして、いや、「いたとして」じゃなくて、
その時本当に出演者のひとりでいらっしゃったんですが、もう、
「写真いいですか?」のひとことすら言わないのです。
「はい、ほら、隣に行きいな行きいな!」と、恥ずかしがる自分の娘を
加納竜の隣に押しやって、「はい、肩組んで組んで!」と、撮るのです。

苦笑いしながら応じてあげてる加納さん、ほんと偉いなあ、
と、里見浩太朗扮する西郷隆盛に率いられる薩摩軍の兵士の
格好で、しゃがんでタバコを吸いながら思ったりしていた、
20歳の私だったのでした。

で。別のおばはんが「写真写真!」と叫んだタイミングで、
スタッフに「出番ですー!」と呼ばれたので、加納竜、
「すみません、撮影中なんで」と、断ってそっちに行ったところ、
そのおばはんが言ったひとこと。

「なんやねん、ファンなのに! もうファンやめたるからな!」

ババア! 待てい!
と、実際には言えなかったけど、もう、頭の中で、反撃の言葉が、
20コぐらい吹き荒れました。

まず。そんなことでファンやめるのが、はたしてほんとにファンなのか?
というのはあるが、それはまあいい。
問題は、それ以前だ。ババア。

あんた、加納竜のファンである、っていう、その根拠は何だ?
君に言いたい事はあるか。そしてその根拠とは何だ。
それは「生活」by シロップ16gですが。

とにかく。ババアよ、あなたは一体何をもって、ファンである、
と、自称するのか。
加納竜のCDを買ったのか?(出してるか知らないけど)
写真集でも購入したのか?(だから、出してるか知りませんが)
彼が出ている映画は、必ず劇場まで観に行っているのか?
あるいは、百歩譲って、彼が出てるドラマは全部観て、
視聴率アップに貢献しているのか?

そういうことをしてないくせに、テレビで見かけるとなんか好ましく思う、
くらいの根拠で、「ファン」と自称してるんじゃないだろうな。

と、ここまで考えて、「あ、そうか。じゃあ『ファン』って、
その対象が具体的に何かメリットがあるような行動を起こして
初めて、『ファン』って言っていいんだ」と、気づいたのでした。

にしても。そう考えると、俳優とか、特にテレビタレント
とかって、「ファン」の定義、曖昧だ。
CDも本も出さないし映画とかドラマにも出るわけでもない、
かといって芸人さんでもない、だから、ファンはあなたの何に対して
お金を払えばいいのかわからない、みたいなタレント、いっぱいいますもんね。
もっと言うと「なんかの新商品の記者会見とか、有名人を集めて行われる
映画の試写会とかに出てきて、ワイドショーに映される」っていうのが
メインの仕事になっているようなタレントもいるし。

ってところでいうと、ミュージシャンは、まだわかりやすいし、
健全だなあ、と、つくづく思います。
ファン=CDを買ってくれる人・ライブに来てくれる人・グッズとかを
買ってくれる人、っていうふうに、ざっくり言えちゃうし。
逆にいうと、「CD買わないしライブにも行かないけどファン」って、それ、
「好き」とは言ってもいいけど、「ファン」ではないんじゃない?
とも言い切れるし。


この忙しいのに何を書いているのか。と、本当に思います。
写真は、内容とは関係ありませんが、つい歌詞を思い出したので、
シロップ16gの「生活」が入っているアルバム、『COPY』。2001年作品。
10年前かあ。元気かなあ、五十嵐。
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