『ひとりぼっちじゃない』がNYの映画祭で上映。伊藤ちひろ監督、井口理(King Gnu)にNYで話を訊いた。〈NYアジア映画祭〉

『ひとりぼっちじゃない』がNYの映画祭で上映。伊藤ちひろ監督、井口理(King Gnu)にNYで話を訊いた。〈NYアジア映画祭〉 - pic by GAVIN LI/NYAFFpic by GAVIN LI/NYAFF

ずいぶん時間が経ってしまったが、NYリンカーンセンターで開催された第22回NYアジア映画祭で、7月28日に、井口理King Gnu)が映画初主演、伊藤ちひろ脚本、初監督作の『ひとりぼっちじゃない』が、北米初上映された。その貴重な上映会に行って来たのだけど、会場は、もともと映画、オペラ、バレエ、クラシックミュージックなどNYの文化の中心地とも言える伝統的な場所。さらに、昨今オスカーでの『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』をはじめ、濱口竜介監督作などの高評価もあり、アジア映画が新たな関心を集めているため、劇場には、老若男女、実に様々な人達が集まり、ほぼ満員でいかにもニューヨークらしい上映となった。非常にアーティスティックで静粛な映画でもあるが、観客からは笑いなども起きていたのが印象的だった。

上映前に、監督と主演の井口が短い挨拶をし、上映後には、観客からの質問などにも答えていた。その全編は映画祭で公開されている。

実は、短い滞在中の貴重な時間にお2人に直接お話を訊くこともできた。日本ではすでに公開済みだけど、インタビューの後半にネタバレになる箇所があるので、ぜひ映画を観てから読んで欲しい。残念ながら劇場で観逃した方は、DVDが10月4日に発売になるようだ。

以下、上映後の観客とのQ&Aの要約をまず掲載。

〈観客とのQ&A〉

●ススメ役に映画初主演となる井口理さんを選んだ理由は? 彼がこの役に何をもたらしてくれたと思いますか?
伊藤ちひろ監督「彼は確かに演技の経験がそれほどなかったかもしれないですが、この映画のプロデューサーである行定勲監督の『劇場』という作品でも彼の芝居を見ていましたし、その時の芝居が大変良かったのです。この作品を作る以前に、本人に一度会ったことがあったのですが、その時の彼が持つ雰囲気にもとても惹かれました。この映画は語らない分、表情や体など、言葉以外で表現できるものを使い、ススメが考えていることを表面に出さなくてはいけなかったのですが、きっと彼ならそれができると確信がありました」

●井口さんに質問です。監督は、井口さんがこの役を演じられると確信していて、実際に素晴らしい演技を見せてくれたと思うのですが、井口さんが監督と初めて会って、この役について話した時に、井口さんご自身は自分にできる自信はありましたか?
井口「自信は全くなかったですね。ただ台本を読んで思った点が、自分もかなり自意識過剰なところがあって、自分の中にある自意識みたいなものを作品に落とし込んでみたいなと思いました」

●自分とこのキャラクターに共通点はありましたか?
井口「そうですね。この役を演じるに当たって、似ている箇所を自分で見つけていったところはありますね。例えば、最初に街頭に照らされながら踊るシーンがありますが、あれとか正に僕が普段、人の見ていないところで歌を口ずさんでいたりするのですが、そういうところが自然に落とし込めたんじゃないかなと思っています」

●いかにして、あの恋に悩まされる、いまだ思春期かのような男の感情を完璧に演じることができたのでしょうか?
井口「ススメは設定では、30歳くらいなんですけれども、今までは人に気持ちをうまく伝えられないなど、ちゃんとしたコミュニケーションを取ったことがないので、まだ自分がどういう風に生きていけばいいのか、生き方が分からないまま大人になってしまった人だと僕は思っています。ただこの映画の中で少しは成長できたところがあると思いますし、本当に日常的に抱えている些細なコミュニケーションの難しさみたいなものを描いているんですけれども、彼にとってはそれがすごく大きなことだったりしますし、割と僕たちが抱えているこんなところがこの人にとってはコンプレックスなのか、とか、そういうことってあると思うんですけれども、僕もすごく分かるというか、このポイントを聞くことができたら全部解決するのに、ということをこの映画はすごく描いていると思います。早くススメが、宮子が今何を考えているのかを本人に直接聞けたら、もしかしたらもっと2人はうまくいっていたかもしれないし、という、そういうところも、事細かに描いている映画だなと思います」

●映画制作中に学んだこと。
井口「ススメという人間と向き合うことで、自分の自意識とも向き合うことになった、自分の感情をすごく掘り下げられたという意味では、貴重な経験になりました」

●今後も演技を続けていきたいとは思いましたか?
井口「はい」

●もう次回作は決まっているのですか? また映画のスクリーンで観られますか?
井口「ええ、きっと」

●監督はすでに2本目も日本では公開済みですが、3本目も制作中ですか?
監督「そうですね。1作目のこの作品と、2作目の『サイド バイ サイド 隣にいる人』という作品があるのですが、この2本を撮ってみて、自分の良いとされている癖と、自分の中で悪いと思う癖を感じました。また観客の反応などを見て感じる要素もあるので、そういうことを取り入れた形で、3作品目を作りたいと今準備しています。1作品目と次の作品は、間口がすごく狭く、マニアックな作品になっているかと思うので、もう少し広く楽しんでもらえるような、私自身も気を楽にして観客と一緒に作品を観られるような、そういう作品にしたいという意識がずっとあります」


〈以下直接行ったインタビューです。後半に映画のネタバレがあります〉

●この作品は長編初監督作で、初出演作になりますが、ニューヨークの映画祭に招待されることになるとは思っていましたか? 今どう思いますか?
監督「とても楽しみです」
井口「嬉しいです。撮っている時はもちろんそんなこと考えてもいなかったので。まさか美味しいニューヨーク・フードを食べることができるなんて嬉しいです。」
監督「なるべく広く世界の人たちに観てもらって、いろんな感想を聞けたら良いなと思っていましたけど、ニューヨークに呼ばれるとは思っていなかったです」

●アカデミー賞でも、アジア系クリエイターの作品が世界的に評価されている時代ではありますが、海外で観てもらうんだ、と思っていたわけではないんですね。
監督「観て欲しいとは思っていましたけど、特にアメリカだったのがとても驚きですね。ニューヨークの方に観てもらえるというのは、私がイメージしていたことからすると、非常に驚きです。ですのでこの機会を頂けてとても嬉しく、どういう反応が聞けるのかが楽しみです」

●ニューヨークの観客にどのように観てもらえたら嬉しいですか?
井口「ニューヨークの街を、昨日、今日と歩いてみて思ったんですけど、コミュニケーションが上手な方が多いなと。そういう方々が観た時に、この主人公の性格というのは割と日本人の持っている性質ではあると思うので、どう映るのか、すごく滑稽に映るのか、楽しみです」

●コミュニケーションが上手いというのはなぜ思いましたか? みんな割と普通に話しかけてきたり?
井口「そうですね。そういうイメージがあります」
監督「境界線もあまりないのか、皆さんフランクですね」

●この映画がニューヨークの映画祭に招待されて上映されると告知された時に、「世界に羽ばたいてくれるのは嬉しいけど、寂しくもある」と書き込んでいる人がいましたが、そういう反応についてはどう思いますか?
井口「そうですね、何て答えればいんでしょう。『羽ばたいた』というのは大袈裟な気がしますが、嬉しく思ってくれるのはありがたいですね」

●でもニューヨークなので、誰が観ているか分からないですよね。
井口「そうですね。夢はありますよね。映画でも、音楽でも、誰に届くか分からないので。作る段階では考えてもいなかったので、誰が気に入ってくれて、誰がそれを広げてくれるか、分からないところはあるので、楽しみです」

●ハリウッドの映画スターで、ロックスターに憧れている人は割と多くて、実際にバンドをやっているような俳優もいますが(キアヌ・リーヴス、ジョニー・デップ、ライアン・ゴスリングなど)、ハリウッドの映画スターから実際ロックスターになれる人ってなかなかいないです。井口さんは、すでにロックスターであるところから、俳優に挑戦して新しい表現の場を得るというのはどんな感じですか?
井口「僕は自分のこと、ロックスターだと思っていないです。もともと映画が先に好きで、幼いころに家族で毎週レンタルビデオ屋さんからビデオを借りてきて、週3、4本は必ず観ている感じだったので、ずっと自分にとっては聖域というか、お芝居する場所というのは憧れの場所でしたし、踏み入るには崇高の場所でした。それが今こうして一つの映画になって、それを観ていただけるというのは、感無量というか、夢だったので、今すごく良いサイクルになっている気がしています。音楽をやっている自分と、芝居をやっている自分というのが、繋がってきていて、芝居をやっている時は、音楽でやっていたことが思い出されたり、還元し合えているというか」

●自分が尊敬している映画作家や俳優がいたら教えてください。
監督「私は、最初に映画界に興味を持ったきっかけになっているのは、鈴木清順監督とレオス・カラックス監督です」
井口「ジュリー・アンドリュースさんです。『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)がバイブルになっているので」

●この作品は、初監督作ではありますが、いきなり完全な独自の世界を作り上げているのが、まず素晴らしいなあと思いました。ある作品の影響を強く受けているなとか、今の時代のこういうスタイルだな、というのが即感じられないのは、実はすごく難しいことだと思います。
監督「私は、自分が映画監督として映画を作るのであれば、特に最初の頃は自分らしいまま戦いたい、作品と向き合いたいという気持ちがありました。私は、もともと何かに強く憧れるということがあまりないのです。なので自分と向き合って、自分から自然と出るものがどういう作品になるのかを、一度きちんと見て、また観客の反応も見て、もう少し違う方向が少しずつ見えていたら良いと思います。恐らくデビューの時にしかそういうことがあまり許されず、特に日本の映画環境ではデビューだから許されることはたくさんあり、思い切りやりたいと思ったのが、結果的に今こうなっているのだと思います」

●そういう世界の中で演技するのはどういう体験でしたか?
井口「僕は、そもそも普段の音楽活動などでも、我を出すタイプではないので、エゴを出すというか、その作品に合わせるというか、現場でどういう空気が流れていて、監督がどういう世界を描きたいのか、というところに割と従うタイプの人間ではあります。現場に入って『あ、こういうことがやりたんだな』というのがやっと掴めた気がしました。かなり話し合った時間は多かったのですが、その中でも見えてこない部分はたくさんありまして、『あ、宮子、こういうゆっくりな喋り方でくるのか』など、多分監督からのディレクションが入っていて、あの喋り方になっていたと思います。セットもキャラクターによって全然違っていましたので、こういう世界か、と現場に入ってから掴めましたね」

●その世界観に考えすぎないで浸かろうとしたという感じですかね?
井口「そうですね。考えすぎないで、自分の中から出てくるものをフレキシブルに、というのは意識していました」

●現実と非現実的世界が交差するのが面白くて、サウンドひとつとっても、現実世界の音が鳴った瞬間に、自分がいかに非現実的世界に没入していたのかが分かります。例えば、エレベーターの音が鳴った瞬間に、自分が半分夢のような世界に没入していたことに気付かされて目が覚めるみたいな感覚に陥ったのがすごく面白かったです。
監督「そうですね。今回都会ということを意識していた作品なので、都会のストレス音や、圧迫感みたいなことと、中身の心象風景みたいものを行ったり来たりしているような作りになっているので、特にススメが自分に没入している時というのは、心象風景が描かれているのです」

●ススメも目の前にいる人によって人間性が変わったと思うのですが、その演技の分け方は難しかったですか?
井口「そうですね。それはススメという人物が持っているキャラクター性がそうさせている部分もあると思うんですけれども、蓉子と話している時は、話のスピードも上がっているし、言葉数も多くなっているというのはあると思います。でもあまり演じ分けているというのはなかったかもしれません」

●”お母さんが歌詞を書き取っている真剣な顔が好き”、など母との関係性について非常に具体的な描写がリアルで良いなあと思ったのですが、どちらかの実体験に基づいているのですか?
監督「あの体験は、私が母の思い出を入れたのです。絵本を読み聞かせてくれたススメのエピソードがあるのですが、それは、井口君の実際の思い出で、2人のそういう母との思い出を、実際に準備の際に少し話したのです。それを脚本に取り入れました」

●最後のお母さんとのシーンでの表情が本当にあれ以上ないくらい素晴らしかったと思うのですが、あのシーンの撮影はどれくらい難しかったのですか? 割と自然に出てきたものだったんでしょうか?
井口「そうですね。割と偶発的なものだったんです」

●1テイクくらいで撮れてしまったですかね?
井口「いや、どうだろう。もう少しあったと思いますね」
監督「あれは私としてはとても心配要素が多かったのです。あそこでこの映画の終わりが全て見えるので。しかし最初に話した時に、井口君は、この撮影の期間中に小説とは違う映画のラストを見つけ、表現できたら良いな、と思っているのだろうと、私は感じていました。そうやって引っかかって頂けるくらい、良いシーンで、良い顔になりました」

●本当にあの表情を観た時に、この映画は彼がここに辿り着くためにあったんだなあというのが全て納得できる素晴らしいシーンで、でもそれを表情だけで観せて納得させるって相当難しかったと思うのですが。
井口「本当にお2人(千葉雅子さん、峯村リエさん)のお芝居が温かくて、これはきっと主人公もここに救われるものがあるな、と思った瞬間に、あの笑顔ができました。長崎に行ってその先どうなったかというのは描かれてないですけど、僕は原作を読んだ段階では、これはバッドエンドだな、と思っていました。全てを捨てて出ていったススメはまた同じことを繰り返すかもしれないし、また宮子のような人間に出会って、また掻き回されて、もしかしたら死んでしまうかもしれないし、と思っていたんですけれど、なんとなくあの2人がキッチンに立って、楽しく会話しながら料理をするというのを見た瞬間に、『ああ、多分大丈夫だな。こいつは多分大丈夫だ』って思った時の顔ですね」

●幸せな母の姿を通してLGBTQコミュニティをアートの中で描いていくというのは、やはり大事な部分だったんでしょうか?
監督「私自身の考え方が、性別を分けたくないという感覚がもともとあるのですが、特にこの作品において、母のあり方というのは、ススメの未来への示唆ではないですが、ススメに、お互いをちゃんと尊重し合えて、理解し合える人が見付かれば良いですよね。1人でも見付かれば彼はきっと本当の意味で幸せになれる、そういうイメージがあるので、一番理想的な形がここにあるんだ、ということを思ったのです。きっとあの母も、ススメを産むまで結婚などをしてきたけれど、やっぱり自分の中でどこか違う、足りない、うまくいかないなどがあった中で、性別や恋愛対象を決めないことによって、手に入ったのです。だからこそ今幸せがある、という風に見えれば良いと思いました」

●ススメも最初は「お母さんが幸せなら良い」とただ言っていたところから、最後本当にそう思えているところにきた、という感動がありますよね。
監督「結局自分の世界を狭めているのは、自分が作っているルールだったり、価値観だったりするかと思うのですが、ススメは特にそういうタイプなので、実はここに答えがあるという風にしたかったのです」

『ひとりぼっちじゃない』がNYの映画祭で上映。伊藤ちひろ監督、井口理(King Gnu)にNYで話を訊いた。〈NYアジア映画祭〉 - pic by GAVIN LI/NYAFFpic by GAVIN LI/NYAFF
『ひとりぼっちじゃない』がNYの映画祭で上映。伊藤ちひろ監督、井口理(King Gnu)にNYで話を訊いた。〈NYアジア映画祭〉 - pic by GAVIN LI/NYAFFpic by GAVIN LI/NYAFF
『ひとりぼっちじゃない』がNYの映画祭で上映。伊藤ちひろ監督、井口理(King Gnu)にNYで話を訊いた。〈NYアジア映画祭〉 - pic by ZIGGY ZHANG/NYAFFpic by ZIGGY ZHANG/NYAFF



ロッキング・オン最新号(2023年9月号)のご購入は、お近くの書店または以下のリンク先より。

『ひとりぼっちじゃない』がNYの映画祭で上映。伊藤ちひろ監督、井口理(King Gnu)にNYで話を訊いた。〈NYアジア映画祭〉
中村明美の「ニューヨーク通信」の最新記事
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする