2010年代以降、ヒップホップ世代のジャズミュージシャンたちはプロデューサーのJ・ディラのビートを研究していた。J・ディラが生み出したズレたようにイビツでありながら、独特のグルーヴを孕んだリズム構造を楽器に置き換え、生演奏のセッションに取り入れることにより、ジャズとヒップホップの要素を共存させることに成功した。その手法における象徴がロバート・グラスパーであり、クリス・デイヴだった。彼らは世界にジャズの可能性を知らしめた。
そのJ・ディラ由来の手法をシーンの誰もが基本的技術として身に付けてしまった頃、新たな実験を始めるジャズミュージシャンが目立ち始めた。ヒップホップ的なリズムの生演奏を高度に行うだけでなく、DAWも楽器同様に自在に扱い、即興演奏の延長のようにポストプロダクションを行う彼らはミュージシャンとプロデューサーの境界を完全に溶かし始めている。
彼らが参照したのはすべての楽器部分を自身で奏で、それをヒップホップ的な方法論で組み合わせ、バンドなのかトラックなのかわからない奇妙な疑似バンドサウンドを創出したプロデューサーのマッドリブだった。そんなマッドリブ再評価の最前線にいるのがシカゴを拠点に活動するドラマー/プロデューサーのマカヤ・マクレイヴンだ。
2018年の『ユニバーサル・ビーイングス』では即興セッションとエディットの区別がつかないほどに演奏と編集をスムーズに同居させたサウンドで世界を驚かせた。そこからギル・スコット・ヘロンやブルーノート・レコードの企画盤を経ての新作『イン・ディーズ・タイム』では譜面に書かれた弦楽入りの楽曲をバンドが生演奏しているように聴こえるサウンドを生演奏と精緻なサンプリングや編集の併用で生み出していて、彼独自の手法が更なる高みに到達しているのがわかる怪作だ。
どこまでが作曲でどこまでがDAWなのかまったくわからない。ただ、僕らは美しく刺激的な“ジャズ”としてこれを聴くことだけはできる。マカヤは作品を発表するごとにジャズ(とヒップホップ)の可能性を一歩ずつ進めているのだ。(柳樂光隆)
マカヤ・マクレイヴンの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。
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