現在発売中のロッキング・オン2月号では、ボン・ジョヴィのインタビューを掲載!
以下、本インタビューの冒頭部分より。
「グランジには圧倒されたよ。当時上手いこといってたのはガンズと俺たちと、3つか4つくらいだったけど、レコード会社はカスみたいなバンドを山ほど抱えてた。そこへカートが登場して、そのカスを一掃してくれたんだ」
この世界で最も予想外な熱狂的ボン・ジョヴィ・ファンと言えば、誰が思い浮かぶだろうか? ボン・ジョヴィが全世界のチャートを制覇したのは80年代から90年代にかけてのことだが、それとほぼ同じ頃に、自らが起業助成金を得て設立したインディレーベルから、ギターノイズのレコードを次々にリリースした人物などはどうだろう? 自らの受けたパンクロックからの影響を、福音伝道師並みの情熱でもって広めた人物と言えば?
それはクリエイション・レコーズの創設者であり、オアシスにジーザス&メリー・チェイン、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、そしてプライマル・スクリームの庇護者でもあるアラン・マッギーのことである。今年の初め、彼は『ガーディアン紙』のウェブサイトで、自身のボン・ジョヴィへの好意をブログにしたためた。「Why Bon Jovi Are Mythic New Jersey Artists(何故、ボン・ジョヴィはニュージャージーが生んだ伝説的アーティストなのか?)」と題されたテキストは、彼らのことをごくありふれたアリーナロッカーと愚弄する人々からバンドを情熱的に擁護するものだった。ならばそのアランと、自らの名をそのまま冠したグループのシンガーであり、リーダーでもあるジョン・ボン・ジョヴィを是非対面させようではないか——そして、私たちに“リヴィン・オン・ア・プレイヤー”とザ・パステルズの“ミリオン・ティアーズ”を与えてくれたふたりが、果たして共通点を見出すことが出来るかどうか、見守るとしよう……。
アラン・マッギー「俺はアメリカで結構長い間過ごしてきたから言うんだけど、あなたが出てきたシーンのことを、英国の人間はどうもちゃんと理解出来てないように思うんだよな。こっち(英国)の連中は、アメリカでボン・ジョヴィが一般大衆からどれだけの信用を得ているかってことを根本的に分かってないんだよ。あなたはいわゆるブルーカラーの地域で育ったんだよね。労働者階級出身であるっていうルーツから、あなた自身は個人的にどれくらいのモチベーションを得てると思う?」
ジョン・ボン・ジョヴィ「それなりかな。あれはひとつの職業倫理なんだよ。俺たちにはロサンゼルス式の、中身より見映えを重んじるなんて考えもなければ、華やかな大都会の妖しい魅惑に絡め取られることもなかった。プレス連中は隙あらば、この街で一番高いドラッグをキメてるのは誰か?なんて記事を書きたがるだろ。メディアの大半は、ただ最高のゴシップ話をすっぱ抜きたいだけなんだ、けど俺のバンドからはそんなネタは上がってきやしない。まあ、実際にやってないのかもしれないし、誰にも言わないだけなのかもしれないけどな!
あのベイビーシャンブルズの子(註:ザ・リバティーンズのピート・ドハーティを指していると思われる)なんかさ、俺マジで全然知らなかったんだよ。名前聞いたこともなくて。みんな『彼って、グレイトじゃない? いかにもロックスターって感じじゃない?』とか言ってるだろ。けどそれは奴のことを知ってる連中にとってだけなんだよな、奴が偉大なロックスターでいられるのはさ」
(以下、本誌記事へ続く)
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