しかし結局のところ、STの唯一無二性とは、カオティックなサウンド自体ではなく、それらをひとつにし、我々の内外で混沌と調和がせめぎ合う「世界」を描いたこと、その「物語」の構築美にこそあるのではないか。彼らがメジャーブレイクを果たした前作『Take Me Back to Eden』は、謎めいたプロモ戦略から、彼らのダークミソロジーが完成したビジュアル戦略に至るまで、STが自分たちの世界と物語を初めて立体的に展開していったアルバムだった。Z世代はファンタジーやミソロジーを本や映画ではなく、ゲームで体験すると言われているが、『Take Me〜』は、まさにファンがゲーム感覚でSTの世界と物語にのめり込むことができる作品だったと言える。
情報が濁流となって押し寄せるSNS空間で、名前と顔を晒しながら日々溺れそうになっている10代にとって、STの覆面姿の匿名性は一種の救いであり、自覚的に宗教であろうとしている彼らに、特別な繋がりを感じるのも納得だろう。Discordやredditでは、日々STの世界と物語の分析が行われており、それはもはやバンドの手を離れ、ファンによって勝手に拡大されている状況だ。まさにオープンワールドのゲームと化しているのだ。
ポストコロナの体験への飢餓感の中で、キッズがライブに非日常を求め始めたことも、STに味方をした。彼らはライブを「儀式(rituals)」と呼ぶが、信者の前で儀式を行えるようになった教祖の影響力が、パワーアップするのは言うまでもない。ツアーチケットは常に瞬殺で完売、今年6月のダウンロード・フェスティバルではグリーン・デイ、KORNと共にヘッドライナーを務めるまでに至っている。
そしてついにリリースされたのが、『イーヴン・イン・アーケイディア』だ。8分近い大曲“ルック・トゥ・ウインドワード”で幕を開ける本作は、前述のように過去最大のジャンル的振れ幅と、ダイナミックレンジを兼ね備えた一作となった。後半にかけて躁鬱のアップダウンが激しさを増す構成はプログレッシブメタルの真骨頂でありながら、彼らをメタルバンドとして地表に繋ぎ留める根拠は過去最も薄い一枚だと言っていいだろう。
第1弾シングルとしてリリースされ、僅か1週間で1000万回近い再生回数を叩き出した“イマージェンス”は、トラップとジェントの緊迫したリズムセッションに、オートチューンを用いたR&Bボーカル、そしてアウトロはまさかのジャズ……という、本作の振れ幅を象徴する1曲。“キャラメル”のレゲトンも新しい。一方、“パスト・セルフ”はオルタナR&B、はたまたエレポップを極めた驚きのポップチューンで、ファンに衝撃を与えている。
また、世界中のファン羨望の日本盤ボートラは、1曲が彼らのサウンドのカオスを凝縮したインスト曲で、もう1曲が彼らの作曲の核心部に迫るタイトル曲のピアノバージョンという、STの内と外を正しく体現した2曲になっている。貴重な歌詞和訳も含めて、バイブルとして手にすべきは間違いなく日本盤だ。
その他の新要素として際立つのは、ポストクラシカルなピアノだったり、トリップホップ、エレクトロニカ、ソフトロックのメロディ、爆音もブラックゲイズ的だったりと、つまりよりデリケートな音響に寄与するアプローチで、語弊を恐れずに言えば、本作は過去一アトモスフェリックで、叙情的ですらあるアルバムだ。歌詞もスリープの神託だとするギミックが剥がれ落ち、《ステージは牢獄だ》と歌う“キャラメル”や、創造の泉の枯渇を畏れる“ダモクレス”などからは、ヴェッセルの苦悩が、短期間で異常な成功を収めたバンドの葛藤が滲み、これまでの作品で最も人間味溢れる内容になっている。
STの現時点での頂点であり、同時に彼らの世界と物語が転換点を迎えつつある予兆を孕んだ一作、それが『イーヴン・イン・アーケイディア』なのだ。
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