ほとんど閑散としたニューヨークシーンの中に、ただひとつ孤高に聳え立つ存在——ギース。その3作目となる『ゲッティング・キルド』が完成した。クラシックロック的な骨太さと、ニューヨークアートロックの血脈を融合させたサウンドで鮮烈なデビューを飾った『プロジェクター』。続く『3Dカントリー』では、タイトル通りに音楽的にも思想的にも多角的な広がりを見せた。そして今回は、ヒップホップをはじめ多彩なジャンルを手掛ける“予想外にして最高”のプロデューサー、ケニー・ビーツとの邂逅によって、バンドはさらなる飛躍を遂げている。「殺される」という不吉な響きを持つアルバムタイトルに相応しく、レディオヘッド『アムニージアック』をも彷彿とさせる不穏な幕開けから、どこに辿り着くのか予測不能なラストまで——そこに鋭く切り取られているのはZ世代の焦燥と衝動だ。バンドが到達した新たな境地について、ギタリストのエミリー・グリーンにZoomで話を聞いた。
(インタビュアー:中村明美 rockin'on 11月号掲載)
●前作から大きな飛躍を遂げた、素晴らしい作品だと思います。ご自身としては、どう捉えていますか?
「とにかく今回は録音する時間がほとんどなくて。しかも、これまでのどのアルバムよりもたくさん曲を持ち込んでいたけど、その多くは準備不足だった。だから、やることは山ほどあるのに時間はない、そんなすごく慌ただしいエネルギーの中で仕上げた感じだったと思う。その感じがレコードにも出ていて、ほとんど“崩壊寸前”の音が鳴っているようなアルバムになったと思う」
●前作からの間に様々な出来事がありましたよね。キャメロン・ウィンター(Vo)のソロ作や、特にフォスター・ハドソン(G)の脱退は、あなたが最も影響を受けたのでは?
「今はキャメロンとギターを弾く機会が増えて、彼はすごく上達してきた。でも、やっぱりフォスターと弾くときの独特のケミストリーは恋しい。相手によってギターのスタイルが全然違うから、一緒に弾くことでしか生まれない面白さがあるから」
●その変化は、このアルバムにどう表れていると思いますか?
「キャメロンは今回リードを多く弾いていて、彼は……まあ正直、ギターがすごくうまいわけじゃないんだけど、でも彼のギターの感じは好き。彼の荒っぽい音を支える“いい土台”が必要だから、私はリズミカルで、ファンキーなサウンドにシフトした。ギター同士というよりベースやドラムに寄り添う感覚で演奏するのが楽しかったかな」
●バンドの心に穴が開いたような心境だったのはではと思いますが。
「そうね。また“バンドであること”を学び直さなきゃいけなかった。バンドであることを再構築するような感じ。これまでも、新しいアルバムを作ることは、ギースであることをもう一度学び直すようなものではあったのだけど。私たちは毎回違うことをやりたいから、そのたびに違う役割が求められるしね。今回は、それに加えて、フォスターの脱退も重なったから、少なくとも私にとっては、よりギターを一人で背負うような立場に踏み出さざるを得なかった。人数が減った分、サウンドを作り直さなきゃいけなかったということ」
●ケニー・ビーツがプロデューサーというのは、絶妙な組み合わせだと思いました。あなたたちとは音楽性は違いますが、彼がプロデュースしたヴィンス・ステイプルズの作品などは、発想としては近くて、常に知的で革新的です。ケニーが、あなたたちとフェスで会ったときに声をかけてきたというのは本当ですか?
「そう。オースティン・シティ・リミッツで彼に会ったの。ただ、彼はその時点ではアルバムを作りたい、と言ったわけじゃなくて、“何か必要ならぜひ力になりたい”っていう感じだった。それで、今、あなたが指摘したことは、このパートナーシップがうまくいった理由のひとつだと思う。私たちは、今までやったことがなくて、バンドとしても期待されていなかったような新しいことに挑戦したかったし、ケニーもプロデューサーとして誰も予想しなかったようなプロジェクトに取り組みたかった。だからこそ今作では、一緒に“第三の場所”に辿り着けたと思う。お互いに実験を楽しむ気持ちが強くて、バックグラウンドもまったく違ったから。それがうまくかみ合ったんだと思う」
●今作のギターサウンドに関しては、常に緊張感を構築しつつ、時にヒプノティックなグルーヴを生み出し、また、予期せぬ瞬間にどこからともなく美しい響きが立ち現れるように感じました。ギタリストとして意識していた目標はありましたか?
「いい質問ね……(長い間考える)。今回のレコードで私がギターに求めたのは、美しさと同じ強さで不安を響かせることだった。きらめきと影、安らぎとざわめき。その両方が共鳴し合う響きを探していた」
●まさにそんな音がするアルバムになっていると思います。
「それは良かった。そう受け取ってもらえてうれしい(笑)。実はこのレコードを作っているとき、自分自身かなり不安を抱えていた。すごくプレッシャーを感じていたし、自分が弾くギターはできる限り最高の形で録音しなくてはという、不安が常にあって“これが『ゲッティング〜』を録音する唯一の機会で、もう二度と録り直せないんだ”と考えていた。だから、その感覚がアルバムにも入り込んでいたんだと思う。その目標がちゃんと伝わったのならうれしい」
●アルバム全体がそうした空気に包まれていると感じました。タイトルも強烈ですよね。「殺される」という迫りくる脅威や強迫観念、あるいは私たちが今感じている不安を捉え直そうとするように思えます。自分ではコントロールできないいずれ起きる悪いことを暗示しているような。
「まさに」
●アルバムの空気をどのように象徴していると思いますか?
「うん、そうね……私もそう思うし、このタイトルは本当に気に入っている。自分自身の“I”から切り離されている感じがあるし。あなたが言ったように、能動的なものではなく、むしろ外の世界から抗えない力が作用している、そんな響きを持っている気がするから。抗えない何かにさらされているような。その感覚が好きだから……すごくいい質問ね。実際的な意味では、“ゲッティング・キルド”という曲のタイトルから来ているわけで、あれはこのアルバムの中でも、最初に作られた曲のひとつだった。それが、このアルバムに漂う緊迫感や気配や奥に滲む不安を、とても的確に象徴していると思う」
●アルバム全体には、逆説的というか、筋が通らないような感覚や、どこか希望のなさや空虚さ、緊張感のようなものが漂っていると思います。例えば、“タクシーズ”も独自のタイトルですが、曲はすごく生々しく陰鬱な音から始まるのに、突然、美しいギターリフが現れる。そのコントラストが印象的です。この曲はどうやって生まれたのでしょうか?
「そうね、“タクシーズ”はこのアルバム全体をよく象徴している曲で、ほかの曲の青写真みたいな存在なの。例えば“アイランズ・オブ・メン”もそうだと思う。今回のアルバムでは、『3D〜』のときみたいにいろんなアイデアをひとつの曲に縫い合わせるというよりも、ひとつのアイデアを選んで、その中から4つくらいの異なる展開を生み出せるようにしたかった。ハウスやテクノみたいに、ループを基盤にして曲を構築していく感じに近いと思う。それで、音をミュートたり、いろんなパートを出し入れしたりしていく。“タクシーズ”も基本的には同じで、2つのセクションで成り立っている感じ。うまく説明できてないかもしれないけど……曲がどうやって生まれたかって、実際には覚えているのが難しいから(笑)。作っているときや、出来上がった瞬間にはもう没頭してしまっているからね」
●オープニング曲の“トリニダード”は、悪夢の中にいるような感覚や、退屈や孤独、そして混沌とした気配を感じさせます。同時に、サウンドとしてはジャムセッションのようでもあり、どこかジャズ的なライブ感覚がありながらも、実際は非常に緻密に構築されているのが素晴らしいところだと思います。この曲を作っているとき、どんなふうに形にしていこうと思っていましたか?
「あれは一番大好きな曲で、すごくいいミックスができたと思う。25分くらいのジャムセッションから生まれたもので、その断片を切り出して、あなたが言ったようにとても緻密に再構築したものだった。だから、すごく生々しいパフォーマンスが緻密に作り込まれていったの」
●その作業が、カオスの中から何らかの希望を掴みだそうとするような曲に仕上がっていると思います。
「そう、この曲は完成して良かったと思う。いつもうまくいくわけじゃなくて、試してみても結局はひどすぎて途中で終わってしまう曲が山ほどあるから。たぶん40曲くらいは、形にもならなかったと思う」
●待望の初来日ですが(※チケットは既に全日程ソールドアウト)、日本の観客が期待できることは? あなた自身が楽しみにしていることは。
「実は、これまでそんなに遠くまで行ったことがなくて。日本は本当に地球の裏側で、ずっと行ってみたいと思っていた。今回のツアーは、自分の大好きなものが色々と重なったものになる気がする。何が起きるのかまだはっきりとは分からないけど、来てくれる人には最高のショーを楽しんでもらえるはず。私たちはこれまでに“ダメなショー”をやったことは一度もないから」
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