日経ライブレポート「ベック」

最新アルバムのモードを反映した華やかでポップなステージだった。グラミー賞を受賞した前作が、彼の病気との闘いをテーマにした美しいが静かで重い作品だったので、表現者として新しいフェーズに立ったことを感じさせるパフォーマンスだった。ただインタビューなどを読むと、前作も最新作も曲作りはほぼ同じ時期だったようで、曲のテーマが大きく変わったということではない。

しかし音の印象の変化は大きい。大編成のバンドが鳴らすビッグ・サウンドはエンターテイメント度が高く、映像演出と一体となって観る者をまったく飽きさせない。ベック自身もキラキラとした衣装に身を包み、ロック・スターである自分を意図的に演じているようだった。

彼は最新作で、ポップ・ミュージックの楽しさとしっかり向き合うことをテーマにした。3分間のエンターテイメントとしてのポップ・ミュージック、その高性能化をどこまでも追究しようとしたのだ。結果、アルバムは全10曲、トータルで約40分というタイトな作りになった。しかし一曲一曲に込められたアイディアとエネルギーは絶大で、コーラスを15回くらい書き直して全く違う感じの曲になったものもあるとベック自身が語っている。

しかし、歌のテーマは楽しいものばかりではない。むしろ重くシリアスだ。これはトランプ以降、アメリカの多くのポップ・アーティストに共通する作品傾向だ。シリアスなメッセージをポップな装置によって、より多くの人に届けるというスタイルだ。その先頭をベックも走っていることが感じられるステージだった。

10月24日、新木場スタジオコースト。

(2017年11月17日 日本経済新聞夕刊掲載)
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