このMVは、それ以前の”僕にはどうしてわかるんだろう“、”pained”、”ずっとラブソング“から続く連作になっていて、日常の上に突如として出現した巨大なUFOが、呆然と見上げる人々をすべてふわっと浮き上がらせるというプロットを本格的なSF映画に匹敵するスケール感と完成度で仕上げた画期的なMVだ。
そして、僕がこのMVに感動したのはそのメッセージの明快さだ。
このMVに出現する巨大なUFOは、僕は音楽だと思った。
ロックだ、でもいいし、ポップミュージックだ、でもいいのだが、とにかくこのUFOは音楽というものの本質を体現していると、僕は直感的に思った。
だからこそVaundyはまったく異なる4曲に連続するMVとして展開したのだ。
まったく別個の曲なのにMVだけが続いているなんてのは普通はありえないし意味わからないが、テーマが「音楽」ならばそれは成立する。
なぜ、人々を驚かせ、日常を揺さぶり、空気を緊張感で満たし、やがて人々を空に浮き上がらせるUFOが音楽のメタファーだと僕は思ったのか。
それは、音楽は本来そういうものだと僕は思うからだ。
音楽は人々を驚かせ、日常を揺さぶり、空気を緊張感で満たし、やがて聴く者を空に浮かび上がらせる、そういうものだ。
そうではない音楽ももちろんある。
だが、少なくともロックやポップミュージックとはそういうものだ。
音楽は、消費したり、嫌なことを忘れるためにあるのではない。
僕らが音楽を聴くということは、正体不明の巨大なUFOと遭遇するということと等しい。
その力や美しさにまず心が驚き、まわりの日常が揺さぶられ、その非日常な事態に緊張感を感じながら、やがて浮き上がるのだ。
そして音楽によって日常から浮き上がった自分の心に中には、それまでの日常からは見えなかった希望や喜び、時には絶望や悲しみが生まれる。
音楽が終われば、いつもの日常の地面に立っているかもしれない。
でも自分の心には希望や喜び、絶望や悲しみが宿っている。そしてその希望や絶望や喜びや悲しみが、明日へと進むための推進力や指針となる。
音楽とはそういうものだ。本当はね。
今の時代はいろんな形で音楽が聴かれている。
アーティストを追いながら作品としてじっくり聴く人もいるし、SNSに流れてくるコンテンツとして楽しむものと思っている人もいるし、フェスで体感するものと認識している人もいるし、サブスクのプレイリストでヒット曲を浴びている人もいる。
そしていろんな形で音楽に接しているそれぞれの人たちの中で、音楽が持つ意味もまたさらにそれぞれバラバラに分かれている。
音楽を作る側もまた、それぞれやり方も意味もバラバラだ。
最近ではAIまで加わって、本当に何でもありだ。
それはとても自由で素晴らしいことだと思う。
でも音楽が持つマキシマムの力、音楽と人間の超越的な関係性を知っているアーティストは、それを見て見ぬふりして音楽を利用することはできないはずだし、リスナーもまたそれを求める気持ちをごまかすことはできない。
Vaundyはそれを知り尽くしているアーティストだ。
だからこそ、4曲分のMVを連ねて一本の大掛かりなムービーにして、音楽が持つ根源的な力と意味を今の時代に明確に提示したのだと、僕は思う。(山崎洋一郎)
発売中のロッキング・オン・ジャパン最新号はこちら