人生にささやかに寄り添う音楽が輝くとき――インディ・ロック好き必見の映画『ハーツ・ビート・ラウド』公開中!


音楽のそばに人生があるということ。または、人生のそばに音楽があるということ。ブレット・ヘイリー監督の映画『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』は、そんなシンプルなことを優しく描いた一本だ。テイストとしては日本でもヒットしたジョン・カーニー監督の音楽映画(『ONCE ダブリンの街角で』、『はじまりのうた』、『シング・ストリート 未来へのうた』)が近いかもしれないが、何しろこちらは主人公が中年のおっさん。必ずしも未来が明るいわけではない。

その主人公は、ニューヨークのブルックリンで17年間レコード・ショップを経営してきたフランク(ニック・オファーマン)。妻を自転車の交通事故で亡くしており、シングル・ファザーとして娘サム(カーシー・クレモンズ)を育て上げてきた。だが、そんなサムもLAの医大に通うために実家を離れることになっており、母親の介護問題も差し迫っていて、さらには経営難のレコード・ショップは閉店が決まっている――というところから物語は始まる。フランクは昔、音楽をやっていたが成功せず、愛する音楽にまつわる仕事についたものの、それも中年を過ぎていよいよ終わりが近づいており……という、音楽に関わって生きる人間にとってはなかなかリアルすぎて胸が痛い状況だ。だが、そんな彼にも転機が訪れる。渋る娘をセッションに誘い、ふたりで作った曲を音楽ストリーミング・サービスにアップしたところ、思わぬ反響を呼んだのだ。だが、肝心の娘は音楽活動に乗り気じゃなくて……。


Spotifyにアップした曲が「New Indie Mix」なるプレイリストに入ったことから火がつくというのも今っぽいし、熱心なインディ・ロック好きのフランクのキャラクターを中心とした音楽にまつわる小ネタも楽しい(字幕には出ていないが、「スプーンアイアン&ワインといっしょにリストに載ったんだぞ!」という台詞があって笑える)。逆に言えば、カレッジ・ロック~インディ・ロックを熱心に聴いてきたリスナーもいまやすっかり中年になっていて、人生に曲がり角に来ているという現実を突きつけてもいる。はっきり書いてしまうと、これは昔ながらのロックの成功物語ではないし、すべての問題が鮮やかに歌の力で解決するような魔法のような映画ではない。けれども、人生の決断が迫っているとき、あるいは何か困難に直面したとき、音楽は少しだけ支えになってくれるかもしれない……ことをそっと差し出してくれる。

だから、インディ・ミュージックの良さがよくわかっているひとたちが作った映画だなと思う。ビジネスの成功でもなく、栄光と破滅の物語でもなく、ただ、自分の内側から生まれた音楽が輝く一夜を信じるということ。父娘のふたりだけで演奏される、手作り感溢れるインディ・ポップも微笑ましい。小さな音楽が必要な瞬間を知っているあなたにこそ、ぜひ観てほしいと思う。インディ・ロック・ファンはミツキの“Your Best American Girl”がキャラクターの心情とシンクロするくだりや、ウィルコのジェフ・トゥイーディのカメオ出演にも注目だ。(木津毅)

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