離脱?残留? UK音楽業界も大揺れのブレグジット狂想曲!アーティストたちのリアルな発言やアクションを紐解いてみると――

今年のグラストンベリー・フェスティバルで大きな話題を呼んだのが、英国生まれの黒人ソロ・アーティストとして史上初めてヘッドライナーを務めたストームジーだった。そしてストームジーがステージで着用していた、ユニオンジャックがペイントされた防刀ベストについてだった。

※なお、初の黒人ヘッドライナーは1999年、ボーカリストのスキン率いるスカンク・アナンシーであった。

「ユニオンジャックの防刃ベスト」が近年ナイフによる殺傷事件が多発し、深刻な問題となっている英国社会に対する警鐘であり、アイロニーであったことは言うまでもない。ちなみにこの防刀ベストをデザインしたのはかのバンクシーだ。


ちなみに、ナイフによる殺傷事件は移民が多く住む地域で頻発していると主張して、ことさらに移民政策を批判する右派の動きもある。しかし、ナイフによる犯罪が増加傾向にあるそもそも要因は、メイ政権下で警察官の数が大幅に削減されたからでもあって、その背景には行きすぎた緊縮政策がある。ストームジーとバンクシーによる「ユニオンジャックの防刀ベスト」は、こうして分断と対立が深まる英国の現在を象徴するアイテムであったと言える。

英国内の分断と対立、その最大の火種となったのが2016年のEU離脱の是非を問う国民投票だった。あれから既に3年が経ったが、当初の離脱時期をすぎてなお混迷が深まるばかりであるのはご存知の通り。メイ首相の辞任を受けて政権与党の保守党では次期首相を決める党首選が大詰めに入っているが、最有力候補のボリス・ジョンソンは合意なき離脱も辞さない強硬派であるため、さらに状況は悪くなるしかないという危惧が高まりつつある。

ブレグジットに対する賛否の表明は、英国民にとっての大きな踏み絵となってしまっている。それはUK音楽業界においても同様だ。前提としてリベラル派が多い業界だけに、「バスを止めろ、今すぐ」とツイートし、離脱の是非を改めて問う国民投票の再実施を呼びかけているトム・ヨークを筆頭に、当然マジョリティはEU残留派となっている。また、業界全体としてもブレグジットの撤回を求める書簡を政府に送るなど積極的にアクションを起こしている。


そんな中で数少ない離脱支持派アーティストの筆頭と言えばやはりモリッシー、ということになるだろう。彼は「とにかく離脱、さっさと離脱」を目指して旗揚げされたブレグジット党の党首ナイジェル・ファラージを支持していて「彼はいい首相になると思う」とまで発言。しかもそんなファラージよりさらに右寄りとされるアン・マリー・ウォーターズ率いる「フォー・ブリテン」(反イスラムを掲げる極右政党)のバッヂを付けていたことで、批判が一気に拡散。レコード店からモリッシーのアルバムを撤去する動きに繋がった。

また、「(移民が多い)ロンドンはもはや英国の都市とは言えないし、そんなロンドンで最もEU残留派が多いんだから(嘆かわしい)」といった趣旨のツイートをした元モンティ・パイソンのジョン・クリーズが大炎上したのも記憶に新しい。モリッシーにせよクリーズにせよ、海外在住のセレブがイギリスの命運を分ける離脱問題に口を挟む行為自体が、「この国を捨てたお前が言うな」という批判に直結している側面もある。

モリッシーの「フォー・ブリテン」やファラージにまつわる発言や態度を擁護することは不可能だ。でも、彼がEU離脱を支持する背景には社会から見捨てられた旧来型の英労働者階級へのシンパシーがあることも、ここでは書き添えておくべきだろう。EU離脱支持派の全員が外国人排除という極右・レイシスト的思想の持ち主というわけではなくて、EU懐疑派の根底には反グローバリズムという側面もある。

ちなみにアンチEUを前提とした離脱支持派のひとりがロジャー・ダルトリーで、彼は「俺たちはEUに加盟する前から普通にヨーロッパをツアーしていた」と発言。また、リンゴ・スターも「EU離脱は素晴らしい動き。イギリスの主権を取り戻せるのだから」と語っている。彼らのような大御所アーティストの中にはEUからの離脱がUKプライドと直結している人たちもいるようだ。

しかし、英国の若い世代にとってはもはやグレート・ブリテンが「グレート」であるという前提条件が非現実的な絵空事に思えてしまうのではないか。例えば「BBC Sound of 2019」にも選出された新人ラッパーで、新世代の過激派ストリートワイズと称するべきSlowthaiはデビュー・アルバム、その名も『Nothing Great About Britain』のタイトル・トラックで「女王さんよ、あんたが俺をリスペクトしてくれるんなら俺もあんたを超リスペクトするよ、このクソが」と歌っている。


ただし、Slowthaiはガーディアン紙のインタビューで「俺は自分の国が大好きだけど、俺たちは何が俺たちをグレートにしているのかってことを見失ってしまっているんだ」とも語っている。そう、彼の英国に対する愛憎入り混じったコントラバーシャルな歌の数々は、ブロークン・ブリテンの地べたに立つ彼の地のミレニアル世代、Z世代のアンビバレンツな苦悩の象徴なのだ。そんな彼らにとって、EUを離脱した先に明るい未来が描けるわけもないだろう。

一方、そんな英国の混乱を尻目に、周辺の地域&国々の若手アーティストはそれを冷ややかに見ているという例が、今年4月に傑作デビュー・アルバム『Dogrel』(全英チャートTOP10入り!)をリリースしたアイルランドの超新星Fontaines D.C.だろう。「英国野郎は出て行け」と叫ぶアイルランドのタクシー運転手について歌った彼らの“Boys in the Better Land”は言わば「アンチ・ブリット」ソング。彼らもまたガーディアンのインタビューで「北アイルランドがどうなるかだけが心配、EU離脱とか勝手にすればいい」と語っている。


UK音楽業界には積極的な離脱支持派と残留支持派以外に、「消極的離脱容認派」とカテゴライズすべき人たちもいる。例えば、「民主的な手続きの結果を受け入れられないなら北朝鮮に行け」と言ったノエル・ギャラガー。ちなみにノエルは昔から「素人は政治に口を挟むべきではない」がモットーの人で、3年前の国民投票にも行かなかったという。また、「EU離脱には良い部分も悪い部分もある」と言うポール・マッカートニーも離脱を消極的に、けれど受け入れるというスタンスであるとみていいだろう。ポールとノエルに共通しているのは、「名もなき普通の人々の意思(=国民投票)を尊重すべき」という思想だ。

しかし倫理的・思想的な是非に加え、よりプラグマティックに経済的な観点から判断するとしたら、ブレグジットはUK経済全体に打撃があるのだからどう考えてもUK音楽業界にとってマイナスでしかないと思う。ストリーミング・サービスの普及によってジャンルレスなリスニング・マナーが当たり前になった今、音楽市場に国境を設けることはそもそも不可能だし、EUツアーをするたびにビザや関税の手続きが必要となったら、とりわけ若手アーティストたちは壊滅的な被害を被ることになるだろう。未来のUKミュージックに負荷を与える結果にならないことを祈るしかない。(粉川しの)
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