グラミー受賞の予感! 郷愁を現代的なサウンドに昇華させた2020年ロックの傑作『ウーマン・イン・ミュージック PartⅢ』、ハイムの凄みにあらためて思いっきり迫る!!

グラミー受賞の予感! 郷愁を現代的なサウンドに昇華させた2020年ロックの傑作『ウーマン・イン・ミュージック PartⅢ』、ハイムの凄みにあらためて思いっきり迫る!! - 『ウーマン・イン・ミュージック Part III』ジャケット『ウーマン・イン・ミュージック Part III』ジャケット

LA出身の3姉妹によるハイムは、素晴らしいロック・バンドだ。先日、来年度のグラミー受賞を予感させる傑作『ウーマン・イン・ミュージック PartⅢ』を発表したにも拘らず未だ過小評価されている感じが否めないので、ハイムがいかに凄いかを力説したい。

新作発売前にオフィシャル取材の通訳をしたのだが、ZOOMで話した3人はそれぞれに個性的で素敵だった。三女アラナは一番おしゃべりで陽気で、長女エスティは要所要所でジョークを突っ込む頭の切れる人。そして次女ダニエルは穏やかで自然に周囲を和ませる人、という印象。

リード・ボーカルのダニエルはギターの他、キーボードやピアノも弾ける。エスティはベースでキーボードも弾けて、ダニエルよりもやや低音で歌い、アラナはギター、キーボード、パーカッション担当で、ソプラノで歌う。そして全員、ドラムが叩ける。

子供の頃に両親とクラシック・ロックのカバー・バンドをやっていた彼女達は、根っからのミュージシャンだ。しかも全員曲が書けるので、常に3人の共同作曲。これだけの才能が一つのバンドに集まることは珍しいのに、姉妹だからこそ生まれる一体感からか、パフォーマンスもタイト。

グラミー受賞の予感! 郷愁を現代的なサウンドに昇華させた2020年ロックの傑作『ウーマン・イン・ミュージック PartⅢ』、ハイムの凄みにあらためて思いっきり迫る!! - 『デイズ・アー・ゴーン』『デイズ・アー・ゴーン』

2013年に発表したデビュー・アルバム『デイズ・アー・ゴーン』が全英アルバムチャートで1位を獲得、彼女達は2015年のグラミー賞で最優秀新人賞にノミネートされた。

テイラー・スウィフトがインスタグラムにこの3姉妹との写真をアップしたことで、ハイムを知ったリスナーは少なくないであろう。カントリーを卒業してからポップ路線を突き進んできたテイラー・スウィフトは、友人アーティスト達から新サウンドのインスピレーションをもらっているように見受けられる。

グラミー受賞の予感! 郷愁を現代的なサウンドに昇華させた2020年ロックの傑作『ウーマン・イン・ミュージック PartⅢ』、ハイムの凄みにあらためて思いっきり迫る!! - テイラー・スウィフト『レピュテーション』テイラー・スウィフト『レピュテーション』

その中でも特に、『1989』の全米ツアーの何公演かで前座に迎えたハイムからの影響は大きかったと私は考えている。『レピュテーション』のテイラーのリズミカルなボーカルやバック・ボーカルの重ね方は、ヒップホップとR&Bを絶妙なセンスで取り入れたハイムのデビュー作に影響されていると思うのだ。

新作では以前ほど目立たなくなっているが、リズミカルなボーカルはハイムの定番サウンドだった。ベースとドラムだけでなくメロディーまでパーカッシブにすることによって、オーソドックスなロック・サウンドが今日的になる。


彼女達の持つこのリズム・センスは、ドラムを叩ける人達だからこそ滲み出てしまうもので、そのグルーヴにジョニ・ミッチェルに通じる70年代フォーク・サウンドが混ざることにより生まれる、郷愁を感じさせると同時に現代的という稀有なバランスがハイムの魅力になっている。
 
『ウーマン・イン・ミュージック PartⅢ』には、プリンスを彷彿とさせるギターソロからシェリル・クロウを思わせるアコースティックなサウンド、90年代風のシンセ、フリートウッド・マックのようなバラード、幾重にも重ねられたボーカル・ハーモニー等、ロック・リスナーにはたまらない郷愁が散りばめられている。

それでいて決して古臭くはなく、ドラム・マシーンやサクソフォンを導入し、オーガニックでありながらモダンでオシャレなサウンドに纏められているところが秀逸だ。

通算3枚目のアルバムであることから「音楽業界の女達 パート3」というタイトルになってはいるが、「女性に平等な権利を!」と声高に叫ぶようなアルバムではない。収録されているのは、とても私的な感情を綴った正直な物語の数々だ。

過去最高にパーソナルなアルバムになったとのことで、どの曲も赤裸々でリアル。アルバムのコンセプトは一切持たずに作曲を続けたとダニエルが教えてくれた。

「私達はただ、心から語っていただけ。何かコンセプトがあったとしたら、『考えすぎずに、自分の心に従おう』ってことだったと思うわ


共働きカップルの悩みを吐露した曲かと思いきや、音楽業界における彼女達の苦闘がテーマになっている”ザ・ステップス”について、アラナは言う。

「私達が一緒に仕事をする人達に、すごく誤解されてると感じていることを歌った曲なの。私達は、他の人達に舵を取らせるバンドだったことは一度もないわ。ずっと自分達で舵を取ってきたのに、時々、『いや、こうするべきだよ』とか一緒に仕事する人達に言われるの。それで、『あなた達は何も分かってない、分かってないわ』ってずっと思ってて、それを曲にしたの(笑)」


3人は活動を始めた当初から、「君達は成功できない」と言われ続けてきたそうだ。そもそもロックが売れていない時代に、女性だけのロック・バンドというのは無謀な挑戦にしか見えないのだろう。

しかし様々な困難を、彼女達はお互いを支えあいながら一緒に乗り越えてきた。彼女達のハーモニーが傑出している"ハレルヤ"は、そんな3人の絆の深さを歌った琴線に触れる曲だ。


"アイヴ・ビーン・ダウン"や"アイ・ノウ・アローン"など、彼女達が鬱で深く沈んでいた経験を明かす曲もあるが、アルバムの全体のトーンは非常に軽く、心地よい。長年の不満を曲にしたはずの”ザ・ステップス”でも《なぜ分かってくれないの?》の後に《ベイビー♪》とつけ加える粋なユーモアを忘れない。


これは彼女達の人生観や人柄が反映された結果だと思う。初めてバンドとしてショウをやったロサンゼルスのカンターズ・デリで撮影したアルバム・ジャケットを始め、ポール・トーマス・アンダーソン監督のPVでも公式インスタグラムの写真でも、彼女達はいつもどこかちょっとふざけている。この軽やかさとユーモアのセンスは、『ウーマン・イン・ミュージック PartⅢ』の大きな魅力だ。

「このアルバムは少しふざけてて面白い作品になったと思ってるの。私達はそうやって、物事をあまり深刻に捉えすぎないようにしているの。(コロナ禍になっても)その部分は変わっていないと思うわ。私達は今もふざけ合ってるし、大変な状況にあっても、楽しもうと試みてるの」と、ダニエルは言う。

ギターのサウンドが古臭いものと見なされてしまう時代に、ハイムは古き良きフォーク・ロックを踏襲しながら、現代のブラック・ミュージックをスパイスに取り入れた独自のモダンなロック・サウンドを開拓し続け、最新の境地に辿り着いた。

見た目でポップ・グループかと勘違いしていた方は、『ウーマン・イン・ミュージック PartⅢ』をぜひ聴いて欲しい。2020年のロックが、ここに、ものすごく魅力的に息づいている。(鈴木美穂)
rockinon.com洋楽ブログの最新記事
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする