「生きること」の奇跡と畏怖

宇多田ヒカル『初恋』
2018年06月27日発売
ALBUM
宇多田ヒカル 初恋
《人の期待に応えるだけの/生き方はもうやめる/母の遺影に供える花を/替えながら思う》……最終曲“嫉妬されるべき人生”で宇多田ヒカルはそう歌っている。前作『Fantôme』の“花束を君に”に施された《今日は贈ろう 涙色の花束を君に》という抽象化のプロセスすらも取り払ったこの楽曲は何より、今作が宇多田ヒカルにとってどういうアルバムであるかを雄弁に物語っている。「日本のシーン最前線をリードしてきたポップアーティスト」という自らのキャリアすらも対象化した「今この時代を生きるひとりの音楽家の人生」に、既存の音楽的テクスチャーやステレオタイプを排して真っ向から対峙し、そのひとつひとつを透徹したクリエイティビティとより合わせることで、宇多田自身の孤独をこの上なく美しい音楽の結晶体へと昇華させるに至った――という彼女の現在地が、スリリングなまでの胸の高鳴りを凛とした音風景へと編み上げた表題曲“初恋”、涼やかなアレンジに豊潤な生命力を宿した“パクチーの唄”など12曲から明快に浮かび上がってくる。生きることそのものの奇跡と畏怖を描ききった傑作。(高橋智樹)
公式SNSアカウントをフォローする
フォローする