You are always gonna be my love
いつか誰かとまた恋に落ちても
I’ll remember to love
You taught me how
You are always gonna be the one
今はまだ悲しい love song
新しい歌 歌えるまで
(“First Love”)
うるさいほどに高鳴る胸が
柄にもなく竦む足が今
静かに頬を伝う涙が
私に知らせる これが初恋と
(“初恋”)
10代ならではの弾むような恋心が鼓膜に心地好く滑り込んでくる“First Love”の言葉選びと比べると、“初恋”の「柄にもなく」、「竦む足」といった語感や、その後に登場する《もしもあなたに出会わずにいたら/誰かにいつかこんな気持ちに/させられたとは思えない》といった散文調の表現は、どこかポップスのリリックの定石から逸脱したものにも映る。
だが、この2曲の歌詞を目の前に並べてみた時に、どちらによりリアルに心動かされるか?と問われれば、僕は迷わず後者を選ぶし、同じように答える人が多いはずだ。
《もしもあなたに出会わずにいたら》……「初恋」という言葉を使ってはいるが、この“初恋”という曲で歌われているのは「自分の人生で最高の、それゆえに最後に違いないという想いで臨む恋」への抑え難い希求と畏れだ。
「日本のポップミュージックシーンを牽引してきた第一人者」として培ってきた音楽的テクスチャーというカラフルな武装を脱ぎ捨て、「初恋=最後の恋」という命題に真っ向から対峙した結果、戦慄必至の美しさと哀しさを備えた名曲が生まれるに至った――そういうことだと思う。
人の期待に応えるだけの
生き方はもうやめる
母の遺影に供える花を
替えながら思う
あなたに先立たれたら
あなたに操を立てる
私が先に死んだら
今際の果てで微笑む
(“嫉妬されるべき人生”)
かつて“花束を君に”では《今日は贈ろう 涙色の花束を君に》という言葉で保っていたポップスとしてのギリギリの抽象性すらも排し、「『音楽家・宇多田ヒカル』というひとりの人間」の生き様に厳然とフォーカスを合わせている――そんな宇多田の表現者としての業と覚悟を、今作『初恋』の12曲は確かに伝えてくる。(高橋智樹)