そもそも、ユニット結成の経緯からして、なんとなくユルユルとしているので、まずは、その点から紹介を始めるとしよう。講談社が主催している女性アイドルオーディション「ミスiD」の「ミスiD2014」に選ばれたRachel。そして後日、若手女子クリエイターに作品発表の場を提供することを目的としているカルチャーイベント「シブカル祭。」のステージに出演することになり、友人のMamikoを誘ったのが、chelmicoの第一歩となった。つまり、「なんとなくノリで始まっちゃった」という感じだったようなのだが、ラップに対して生半可な気持ちだったわけではない。子供の頃からRIP SLYMEに憧れていて、彼らの曲を完璧に歌えるようになるまで練習を重ねていた彼女たちは、しっかりとした下地をスタートの時点で既に身に着けていたからだ。このふたりは未だに「RIP SLYMEになりたい!」と度々言っているが、chelmicoの曲を聴くと「なるほど」と思わされる。例えば、ライブで欠かせない存在となっている“Highlight”、“OK, Cheers!”、“Love is Over”辺りは、RIP SLYMEに通ずるテイストをストレートに感じ取ることができる曲だ。
先述の通り、彼女たちの音楽は、普段の生活の中で抱く実感、体験している出来事、愛着のある様々なものを核としている印象が強い。それは、ルーツの素直な反映や、開放的なパーティーチューンというような形で発揮されることもあるが、当然ながら作風はそれだけにとどまらない。様々な感情が入り混じる恋愛の機微、憂鬱を乗りこなしながら重ねる日々、ふとした瞬間に噛み締めることになる孤独、何もする気が起こらない1日の風景、胸を締めつける忘れられない記憶……なども、多彩なスタイルで描いている。例えば、“BANANA”のような、いわゆるDOPEなタイプの曲でもリスナーを痺れさせるし、“Timeless”、“午後”、“ずるいね”といったスタイリッシュで落ち着いたトーンのナンバーも味わい深い。これらのタイプの曲を連発して、数分前まで元気いっぱいに踊っていた観客の瞳を潤ませることがあるのも、chelmicoのライブならではの風景だと言えるだろう。
chelmicoの表現が、本人たちの実像に深く根差しているというのは、ふたりが会話しているのを聞いても感じ取ることができる。なにしろふたりのライブ中のMCも、ラップを交し合っているかのような絶妙なコンビネーションだからだ。実際にラップをしているわけではなく、ライミングを競い合ったり、フリースタイルが繰り広げられたりするというわけでも全くないのだが、醸し出されているグルーヴが実に心地よいというのは、おそらくファンの大半が感じていることではないだろうか。5月17日に配信リリースした新曲のタイトル“switch”は「スイッチ」の「ス」にアクセントを置いて発音するのが正しいのか? それとも「イ」にアクセントを置くべきなのか? ――著しくささやかなスケールの話題を延々とテンポ良く話し合っている姿を、僕は先日のライブで観ながら少し呆れつつも、妙に感心してしまった。このような日常会話のフィーリングが、いつの間にやらラップと化しているからこそ、彼女たちの曲は、同じような毎日を過ごしているはずのリスナーが心を自然に重ねられるものとなっているのだろう。chelmicoの音楽がヒップホップ愛好家だけでなく、それ以外の層の心にも届いている大きな理由は、ここにあるのだと思う。(田中大)