【知りたい】ヨルシカという「終わり」のように「始まり」を鳴らすポップミュージックについて

【知りたい】ヨルシカという「終わり」のように「始まり」を鳴らすポップミュージックについて
ヨルシカの2ndフルアルバム『エルマ』がリリースされた。この作品は、4ヶ月半前に出た1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』の続編というコンセプトであり、この2作でひとつの物語を描き出す、緻密に織り上げられた美しいタペストリーのような作品だ。現在のポップシーンにおいて、これほどコンセプチュアルに作家性が反映された音楽作品も珍しい。この作品リリースを経て、ヨルシカはさらにリスナーを拡大していくことになるはず。これは間違いないことと思う。


ヨルシカの音楽には常にどこかに「喪失と再生」の物語が潜んでいるように感じられる。『だから僕は音楽を辞めた』と『エルマ』という2作で、このテーマがより色濃く浮かび上がるように感じた。音楽を辞めることにしたエイミーという青年が異国の街を旅して、エルマという大切な女性に向けて綴った手紙。そして、エイミーの見た景色や、そこで感じた思いを追体験すべく、自身も同じ旅路をたどるエルマ。エイミーをなくしたエルマは、まるで自身がエイミーと同化するかのように音楽を創作し始める──というのが、この2作で描かれる物語のアウトライン。その物語に何を感じ取るかは作品を手に取ったリスナー次第だ。

ヨルシカの音楽は常にそうだ。明確な解釈の正解は提示されないし、どんな解釈も正解だし不正解なのだろう。だからこそ謎解きのように楽曲の歌詞を読み込むのも楽しいが、その楽しみは「オマケのような」ものだとn-buna(G・Composer)は言っていた。私もそう思う。だって、もともとは小説家や映画監督になりたかったというn-bunaが、それをあえて音楽で表現しているということは、ポップミュージックとして良い作品を作りたいという思いが一番上位にあるということに他ならないからだ。なので、緻密なコンセプトアルバムだと言っても、それを難しく捉える必要はまったくない。その音楽自体が鮮やかな景色を映し出してくれているし、誰もが理屈ぬきでその作品世界に没入できる。

もともとn-bunaはソロで、いわゆるボカロPとして、制作した楽曲をインターネット上で発表し、その楽曲が耳の早いリスナーたちに知られ、人気を博していったソングライターだ(現在もn-buna名義での活動は継続していて、様々なアーティストに楽曲提供なども行なっている)。叙情性とメロディの美しさ、そして文学的な作詞は多くの人の心を掴み、ネットミュージック界では突出した存在となる。n-buna名義で2016年にリリースしたアルバム『月を歩いている』は、その存在を広く世に知らしめる作品であったのと同時に、ヨルシカでの表現にも通ずるような、コンセプチュアルな制作が強く印象に残った。
その作品をリリースした後、2017年に彼はヨルシカというユニットを立ち上げる。この流れは今思えば非常にナチュラルだ。後々、n-buna自身が「ヨルシカ自体もひとつの作品」と語るように、それはバンドでありながら、あくまでもn-bunaの表現する世界を、suis(Vo)の歌声と表現力とを得て、よりアーティスティックに形にしていくという方法論をとる。女性ボーカリストとしてsuisの表現力豊かな深い歌声を得たことにより、その音楽はより有機的に、コンセプチュアルに描かれることとなった。『夏草が邪魔をする』、そして『負け犬にアンコールはいらない』とコンスタントにミニアルバムをリリースし、ユニットとしての表現の方向性はより明確に、そして、その表現もぐっと洗練されていく。

思えば1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』からして、n-bunaがヨルシカで表現したいことのイメージはしっかりと表現されている。例えば“言って。”と“雲と幽霊”とは、対となって「喪失と再生」を表現する楽曲であるということが、n-bunaの口からも語られていた。そのようにヨルシカの楽曲は、ひとつの楽曲がまた別の楽曲のコンセプトを補完する役割を担ったり、別の曲がその曲の逆側に光を当てて、まるで違った感情を呼び覚ましたりと、多層な構造をなしていることが少なくない。その構造を読み解くことが、先述したような「オマケ」としての楽しみ方に当たるのだけれど、なるほど、この「オマケ」を楽しむ時間はとても魅力的なのだ。描かれた物語が様々な芸術へのオマージュをはらんでいることを悟るように、そこに参照されているもの、影響を与えているものと自分なりに向き合い、探ることこそ、音楽に限らず、小説に限らず、もちろん映画に限らず、人生そのものでもあるのだと、n-bunaはきっと言うだろう。前作『だから僕は音楽を辞めた』(の初回生産限定盤)で読むことができる、エイミーからエルマへ宛てた手紙には「人生は芸術を模倣する」というオスカー・ワイルドの言葉が引用されている。これは、n-buna自身の思考とも通ずるものであり、今回の2作はその概念を表現したものでもあるのだと、n-bunaはインタビューで答えてくれた(※現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』2019年10月号にヨルシカのロングインタビューが掲載されているので、ぜひ読んでみてください)。その「模倣」の概念が、エルマがエイミーを真似て音楽を作り始めるという今作の物語の根底にあるのだと知れば、n-bunaという人が一口に「コンセプト」と口にしたとして、そこに提示される物語の解釈は、幾通りもあって当然なのである。

n-bunaのコンポーザーとしての手腕、そして作品をリリースするごとに凄みさえも感じさせる、繊細でエモーショナルなsuisの歌声。ヨルシカの凄さを知るには、まずこの最新作『エルマ』を、何の予備知識もなく聴くだけで十分だ。その物語の世界に心を動かされたのならば、必ず前作『だから僕は音楽を辞めた』を聴きたくなるはずだし、ヨルシカの世界観やコンセプトを自分なりに深く解釈してみたくなる。そしてこんなポップミュージックの在り方があったのかと驚くことだろう。今こそぜひ、ヨルシカの音楽に触れてみてほしい。(杉浦美恵)

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