10月5日(木)の『SONGS』(NHK総合)に小沢健二が出演するということで、その放送を楽しみにしている人も多いことだろう。もちろん私もそのひとり。そして、そこで演奏される曲目の中に“天使たちのシーン”というタイトルを見つけ、驚きというよりも「必然」を感じている自分がいる。
そもそも今から24年前、1993年9月にリリースされた、小沢健二の1stソロアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』(その後、1997年には『dogs』と改題され再発)に収録された、アコースティックギターと低く穏やかに風景を描くような歌声が耳に残る、13分31秒に及ぶ楽曲である。この曲は、小沢健二にとって、当時から特別な意味を持つ曲だった。『犬は吠えるが──』に当時添えられていた小沢本人によるセルフライナーノーツ(1997年『dogs』リリース時にはこのライナーは添えられていなかった)の一部を抜粋してみる。
「どうかこのレコードが自由と希望のレコードでありますように。そしてこのCDを買った中で最も忙しい人でも、どうか13分半だけ時間をつくってくれて、歌詞カードを見ながら“天使たちのシーン”を聴いてくれますように。」
1stアルバムの中で、この曲だけは聴いてほしいと彼は書いた。しかも「歌詞カードを見ながら」。当時自分も何度も聴いたはずだ。歌詞を追いながら。その意味を深く理解しようと思いながら。
《愛すべき生まれて 育ってくサークル/君や僕をつないでる穏やかな 止まらない法則》
ゆったりと歌う彼の歌声に、なんだか大きな真理のようなものを感じ取っていたことだけは確かだ。人間が生まれて育って、そのバトンをまた引き継ぎながら、そうしてずっとずっと続いてきた「サークル」。その尊さを思った。と同時に、まだ若く無知な私は、その「サークル」がずっと続いていくことを一点の曇りもなく信じた。あまりにも無邪気に。1993年1月には、湾岸戦争から2年が経過し、再び米軍が英仏軍と共同でイラク制裁の名のもとにトマホークミサイルによる空襲を行った。さらに同年2月には、アメリカで「世界貿易センター爆破事件」が起こっている(その後、2001年9月11日の同時多発テロで倒壊してしまったあのタワーのことだ)。そうした現在にも続いている不穏な空気が世界を覆い始める中で、小沢健二の「どうか13分半だけ時間をつくってくれて、歌詞カードを見ながら“天使たちのシーン”を聴いてくれますように。」という言葉を、なぜ私はもっとしっかりと受け止めなかったのか。
今年の「FUJI ROCK FESTIVAL」で、ホワイトステージに出演した小沢健二のライブを観た。雨が降りしきる中、余裕を持って向かったつもりのホワイトステージは、すでに1ミリも体を動かすことができないほどの混雑ぶりで、ライブが始まってからもあまりの人の多さに、怯えている小さな女の子がいた。母親は子どもが押しつぶされないよう、自身の体で包み込むように一生懸命に守っていた。それに気づいたまわりの人たちが、一緒に女の子のまわりを取り囲むようにして、「大丈夫だよ」なんて、声を掛け合う光景があった。その時に演奏されていたのは“ラブリー”だったか。《LIFE IS COMIN’ BACK》、ちょっとできすぎた光景。その時に、なぜか私の頭に浮かんだのが、“天使たちのシーン”だった。《大きな音で降り出した夕立の中で 子供たちが約束を交わしてる》。まさにそんな「シーン」だ。自分の中で“ラブリー”と“天使たちのシーン”がつながってしまって、その後はもう、続いて演奏された“シナモン(都市と家庭)”も“強い気持ち・強い愛”も、もちろんラストに演奏された“フクロウの声が聞こえる”も、すべてが1つのメッセージでつながっているような気がしてならなかったのだ。この時のホワイトステージでは“天使たちのシーン”は演奏されなかったというのに(直後のピラミッドガーデンでのステージでは1曲目に演奏したのだが、私はそれには間に合わなかった)。
そして、改めて“天使たちのシーン”の歌詞を追った。1stアルバムの中で、「これだけは聴いてほしい」という思いを込めてセルフライナーを綴った小沢健二の思いが、今になってようやく本当に理解できたような気がする。“天使たちのシーン”は小沢健二のすべての歌を、1曲で表現したような楽曲だと思う。私はそれを理解するのに24年もかかってしまったが、でも遅くはない。この歌にはやっぱり強い希望が歌われているから。《凍えないようにして 本当の扉を開けよう カモン!》。
“天使たちのシーン”は『SONGS』ではSOIL&“PIMP”SESSIONSのトランペッター、タブゾンビとのスペシャルセッションで披露されるという。“シナモン(都市と家庭)”や“流動体について”といった最新曲とともに、この曲が今どのように響くのか、改めてしっかりと感じ取りたいと思う。その前に、まだこの楽曲に触れたことがないという人も、ぜひ一度どこかでこの歌の歌詞に、じっくりと向き合ってみてほしいと思う。放送を楽しみに待ちましょう。(杉浦美恵)
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2017.10.04 18:30