【知りたい】マカロニえんぴつの「満たされない」を輝かせるロックを創造するソングライター=はっとりとは誰か?

【知りたい】マカロニえんぴつの「満たされない」を輝かせるロックを創造するソングライター=はっとりとは誰か?
今、マカロニえんぴつは実りのときを迎えている。“レモンパイ”にはじまり“ブルーベリー・ナイツ”、“青春と一瞬”、“ヤングアダルト”、“遠心”……ここ最近の彼らの楽曲は、それ以前と比べて明らかに違う。では何が変わったのかといえば、ぐっと包容力が高くなったのだ。同世代、あるいは少し下の世代に向けて、マカロニえんぴつの音楽はまさに人生のサウンドトラックのように響いている。


なぜ彼らの音楽はそんな力を持ち得るのか。その理由はいろいろあるが、結局のところバンドの真ん中にいるはっとり(Vo・G)がそうありたいと願っているから、ということなのだろうと思う。腐っている相手には優しく手を伸ばし、壁にぶち当たっている相手の背中を押す。そんなまっすぐで真摯なコミュニケーションを、彼はその楽曲を通して実践している。それは、彼自身がすでにそういうことができる「大人」だからというより、そんな「大人」になりたいと憧れ、もがき続けてきた結果だ。


「大人」と「憧れ」というのは、はっとりという人を理解するためのキーワードのひとつだろう。「憧れ」とはつまり、それが自分にはないということを認めることだ。ユニコーンのアルバム『服部』から取ったという現在のステージネームからしてそうだが、彼は自分の理想とする存在、自分にないものを持った存在に出会ったときに、「憧れ」というフィルターを通して「なりたい自分」と「なれない自分」との距離を見定め、その距離を縮めようとする(それがある意味で「大人になる」ということだ)。そうやってはっとりもマカロニえんぴつも進んできた。


2012年に神奈川県で結成されたマカロニえんぴつだが、はっとりはその経緯について「現在のメンバーに声をかけたのは友達がいなそうでバンドを組もうと言っても断らなさそうだったから」と言う。半分は冗談だろうが、半分は本当なのだろう。彼はもともと人付き合いは得意ではなく、表向きは取り繕っていたものの「みんなと同じ」ということがずっと嫌だったそうで、その皮肉っぽくてひねくれたキャラの名残は今も楽曲には色濃く残っている。だがそれと同時に、彼の歌う歌には常にちょっと背伸びしたような視点がある。そうやって背伸びをしているうちに本当に身長が追いついて、そのたびに視界が少し広くなって……ということを繰り返してきたのが、はっとりという人なのだと思う。


そこには、彼自身が“青春と一瞬”のライナーノーツに記していたような「限りなく絶望に近かった」青春時代を過ごしてきたことに対するある種の「復讐」という側面もあるのかもしれない。だが逆にいえば痛みを伴う青春を過ごしてきたからこそ、彼は「自分にないもの」に対する憧れの感情により敏感になったのだともいえる。バンドに関することだけでも、たとえばmurffin discsの先輩バンドであるSUPER BEAVERsumikaと出会って、マカロニえんぴつのライブは目に見えて変わった。本人がライブのステージでも言っていたが、「届ける」、「コミュニケーションをする」ということに対する意識がはっきりと芽生えたのだという。また、バンド内の人間関係やマネージメントという部分でも、前任のドラマーが脱退したときに言われた「このままじゃ周りから誰もいなくなる」という言葉が、はっとりのバンドに対する姿勢をがらっと変えたという。彼は常にそうやって自分を更新しながら進んできた。それは多かれ少なかれ誰でもそうだが、はっとりはおそらく、そこの感受性と反応速度が抜群なのだ。


そうやって「憧れ」を原動力に自分を更新してきたはっとりの生み出す音楽が、同じように「何かが足りない」と感じ続けている同世代(だけではないが)の人々に刺さっているのも必然だ。《ハロー、絶望/こんなはずじゃなかったかい?/でもね、そんなもんなのかもしれない》(“ヤングアダルト”)。足りないからこそ憧れを持てる、憧れを持てるからこそ成長できる。なんて書くとなんだかいい子みたいだが、現実に与するでも、拗ねてねじ曲がるでもなく、そうやってはっとりは格闘してきたということだ。そして、その格闘は生きている限り続く。ということは、マカロニえんぴつはこれからもどんどん変わっていく、そしてもっと大きな包容力を持つバンドになっていくということなのだ。(小川智宏)
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