【知りたい】折坂悠太の「いつ」も「どこ」も超越した歌はなぜ生まれたのか?

【知りたい】折坂悠太の「いつ」も「どこ」も超越した歌はなぜ生まれたのか?
《平成、疲れてた それはとても/どこにも行けず止まれずに》――ひとつの時代が終わろうとしている今、まさに“平成”という名の歌を唄う男性シンガーソングライターをご存知だろうか。昨年からじわじわと多方面から注目を集めている、折坂悠太だ。


平成元年、鳥取生まれ。幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉で過ごしたというプロフィールを持つ彼。ギター弾き語りでライブ活動を始めたのは2013年のこと。フォーク、ブルース、民族音楽、ジャズ、童謡、歌謡曲……といろんな要素を感じさせる音楽性でありながら、それでいてポップにシンプルに人の心に届く歌を放つ。それは幼少期に過ごした異国の地の影響か、どこか多国籍な楽曲の雰囲気を持ちながら、それでいて誰もが懐かしいと感じてしまうようなノスタルジックな魅力に溢れているのだ。2018年の夏には「FUJI ROCK FESTIVAL '18」などの大型フェスにも出演し、さらに宇多田ヒカル後藤正文ASIAN KUNG-FU GENERATION)らが称賛したことでも名を知られることとなった。そして昨年10月にリリースされたのがアルバム『平成』である。

《君の顔 耳の形/食べちゃいたいほど吐きそうだ》なんて軽快なリズムに乗って朗々と歌い上げる“旋毛からつま先”なんてユニークな曲もある。《みーちゃんダメ どこ行くの》と妙なエロチシズムを感じさせる“みーちゃん”なんて曲も。しかしどの曲にも、古くから民謡にあったプリミティブな歌の力や、生活者としての視点を持った歌の強さが、備わっている感じがする。冒頭で紹介した“平成”に顕著だが、この時代と、今を生きる人たちをひとつにまとめあげてしまうような歌の大きな力を感じさせてくれる。その一方で、あくまで個人的な楽しみとして彼の音楽と向き合えるようなマニアックでアーティスティックなセンスもプンプンと香っているのが良い。

まだ聴いたことのない人は、まずは彼の声をじっくりと堪能してもらいたい。低音にはホロ苦い深みがあり、高音ファルセットには脳裏に直接働きかけるような波動があり、時折がなるような絶唱も。あらゆる声の表現手段を使って歌そのものの豊かな可能性を見せてくれる存在だ。(上野三樹)
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