キャラクターの中に自身の心情を歌い込む、ブルース節の至芸

ブルース・スプリングスティーン『ウエスタン・スターズ―ソングズ・フロム・ザ・フィルム』
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ALBUM
ブルース・スプリングスティーン ウエスタン・スターズ―ソングズ・フロム・ザ・フィルム

ブルース・スプリングスティーンのどこまでも抒情的な最新作『ウエスタン・スターズ』のライブ・パフォーマンスの映画サントラが本作の内容だ。つまり、ブルースはこの新作をオーケストラ付きでパフォーマンスし、それを映像化。早くもこの新作の全貌をライブとして堪能できることにしてしまったのだ。

この新作の楽曲群のなにが魅力かというと、なにかを求めてさすらう、やむにやまれぬ気持ちがロード・ムービー的にさまざまなキャラクターに託されて描かれているところだ。これは映画、音楽、小説に限らず、アメリカの芸術表現の最も根幹に関わるテーマでもあるし、世界中の人々にとっても抗しがたい魅力をたたえたテーマでもある。それは人間が本来そういう、さまよわざるをえない生き物で、そのテーマをあらゆる分野でわかりやすいほどに体現してきたのが過去数百年のアメリカの歴史だからだ。

では、そういうコンセプトだけでいいアルバムが作れるかというと、それはまるで違う。しかし、なぜブルースにはそれができるのか。それはまさに彼が若い頃、さすらいに類するライフスタイルをいやというほどに送ってきたからで、そうした経験のリアルさがこの楽曲群には貫かれているのだ。特に若かった頃のブルースは自身のバンド活動が壁にぶち当たった時、両親がすでに移住していた西海岸を目指したことがある。その、車でアメリカを横断したという経験が、ブルースの表現に相当影響したと本人も認めている。その経験は傑作『ネブラスカ』にも反映されただろうし、この作品もまた、その経験を再訪し、別なキャラクターへと昇華させていくものなのだ。

ただ、なぜ当時のブルースはわざわざ車でアメリカを横断したのか。それは経済的にそうするしかなかったからだ。だから、格安航空便が登場する以降のリアリティはブルースのこの物語では描かれない。このアルバムの楽曲群はあくまでも道路をつたっていくもので、60年代末当時のグレン・キャンベルなどがインスピレーションとなっているのもそのせいなのだ。そんな情緒豊かな数々の楽曲の情感をライブとして即興で伝えるところがこのアルバムの醍醐味だ。そして、“ウエスタン・スターズ”の星をみつめる情感そのものはこのキャラクターではなく、ブルース自身のものなのだ。その星がそれだけ鮮やかに見えたということは、その分そこは底冷えするところで、それをみつめるブルースも寂しかったのだろう。そんな実感の記憶がこの曲とアルバムをとてつもなくリアルにしているのだ。 (高見展)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
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ブルース・スプリングスティーン ウエスタン・スターズ―ソングズ・フロム・ザ・フィルム - 『rockin'on』2019年12月号『rockin'on』2019年12月号
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