ブラック・ファンクの覇者としての凱旋

チャイルディッシュ・ガンビーノ『スリー・フィフティーン・トゥエンティー』
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ALBUM
チャイルディッシュ・ガンビーノ スリー・フィフティーン・トゥエンティー

18年のシングル“ディス・イズ・アメリカ”で昨年のグラミー賞を制覇してみせたチャイルディッシュ・ガンビーノの待望の新作。その間にEP『サマー・パック』を同じ18年にリリースしていたが、これが“ディス・イズ・アメリカ”のあまりにもハードな内容とはまるで対照的なもので、驚いた向きも多かったはずだ。しかし、実はガンビーノは17年の『アウェイクン、マイ・ラヴ!』で、重厚なファンク・アルバムをほぼ歌によるボーカルで作り上げてみせていて、それまでの気鋭のヒップホップ・アーティストというスタンスから、ブラック・ミュージック全体を呑み込んでいくアーティストという、より懐の深い活動へと乗り出していたので、もはやなにをやっても既定路線といってもよくなっていたのだ。このアルバムはまさにそういう文脈の中での新作。これまで各々のリリースで棲み分けていた自身のそれぞれの試みやアプローチが混然一体と化した内容で、ある意味でガンビーノがずっと目指していた境地が初めて実現されたようなものとなっているのだ。

実質的なオープナーを飾るのは2曲目の“アルゴリズム”。エレクトロ・アレンジの施されたアフリカン・ビートを軸にした曲。ガンビーノがディストーションのかかったラップで、今現在の社会の在り方が皮膚感覚的にはまったく信用できないものなのに数式的には間違っていないはずだという二律背反を、不気味に綴りつつ、どこまでもキャッチーなコーラスでは身体を動かしてグルーヴに乗れば解決を見出せるはずだと歌い上げるもの。アルゴリズムは問題の解き方という意味を持ちながら、「リズム」が掛け詞になっていて、今のガンビーノの根本的なアプローチをあまりにも明解に解き明かすナンバーとなっている。

続く“タイム”はアリアナ・グランデが客演し、刺激的なビートを聴かせる、どこまでも聴きやすいバラードになっていて、キャッチーな調べとメロディに乗せて「時間が足りない」というテーマが歌われていく。時間が足りないのは、70億人以上もの地球の全人類が一様によりよい生活を希求しているからで、環境問題、貧困問題、そして食糧問題が非常に困難なものであることを実にわかりやすく、自分の心象の中から伝える内容になっているのだ。実はガンビーノはヒップホップに専念していた頃からこうしたシリアスなテーマをわかりやすい形でリスナーに提示する作風を打ち出してきていて、こうしたテーマ性こそ彼の魅力のひとつだし、その最も極まった形が言うまでもなく“ディス・イズ・アメリカ”だったのだ。それにしてもここまで聴きやすい楽曲でこのようなテーマを暗示させながら気持ちよく歌ってみせるというアプローチこそガンビーノならではのものだ。

続く“トゥエルブ・サーティーエイト”はミッド・テンポのファンク。行きずりの関係に終わったある女子との一夜を描いたものになっているが、歌い手の男は彼女に本気になったのに対して、彼女は「この一瞬の刹那を楽しもうよ」と彼に幻覚きのこを勧め、その後の心象を綴るという楽曲で、めくるめくように艶やかなイメージと音とパフォーマンスが繰り広げられていて、ひたすらに素晴らしい。肌の温もりや匂いまで伝わってきそうなこの官能と歌はプリンスの名曲中の名曲“ドロシー・パーカーのバラッド”にも匹敵するもので、もはやガンビーノのファンクはただならない域に達していることをよく伝える名曲だ。

ちなみに曲名は曲が始まる時間表示をそのまま表したもので、アルバムも最初の公開日がそのままタイトルとなっている。この意図についてガンビーノはなにも明らかにしていないが、これは明らかにリスナーが自分自身で楽曲の意味を探ってくれということであるはずだ。ただ、冒頭の2曲がどうして通常のタイトルなのかというと“アルゴリズム”はすでにライブ来場者にのみ公開した曲で“タイム”は19年にガンビーノ製作、リアーナ主演の映画『Guava Island』の中で発表していた曲だったからだろう。一方で18年の『サマー・パック』からの“フィールズ・ライク・サマー”は今回“フォーティートゥー・トゥエンティーシックス”として収録されているが、これはおそらく当初から今作のリード曲として予告されていたからほかの楽曲と同じ扱いになったのだろう。そして、この“フォーティートゥー〜”もまた、トロピカルな楽調と魅力的なメロディとともに夏でもないのに「夏のように感じる」と歌い上げる楽曲で、しかもそう感じるのは恋の情熱でもなんでもなく、実は気候変動の厳然たる事実を綴るものなのだ。ほかの楽曲もどこまでも完成度が高く、ガンビーノの多角的な魅力をすべて堪能できる傑作となっている。 (高見展)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』6月号に掲載中です。
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チャイルディッシュ・ガンビーノ スリー・フィフティーン・トゥエンティー - 『rockin'on』2020年6月号『rockin'on』2020年6月号
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