2020年を完璧に語る真夏の夜の夢

テイラー・スウィフト『フォークロア[スペシャル・エディション]』
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ALBUM
テイラー・スウィフト フォークロア[スペシャル・エディション]

「サプライズ!」とテイラー・スウィフトが突然8作目となる『フォークロア』を完成させ世界が驚いた。しかも、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーが16曲中11曲を手がけ、ボン・イヴェールのジャスティン・バーノンまで参加。かつては《私よりずっとクールなインディ・レコード・コレクション》を持つ元カレを歌った彼女が、USインディ・シーンの最高峰と言えるアーティストとコラボするとは!

カントリーを原点とした彼女は、進化に進化を遂げ、『レピュテーション』ではヒップホップを、『ラヴァー』では、パステル・カラーのポップとSSWが共存するキラキラのメインストリーム・サウンドを作り上げた。今作について、「今年がなかったら、このアルバムを出す『完璧』なタイミングについて考えすぎていたと思う」とコメントしたので、誰もがジョニ・ミッチェルの『ブルー』を作ったか!と思ったが、1曲目“ザ・ワン”が始まった瞬間にそれがいかに安易な予想だったのか思い知らされ、さらに驚いた。アーロンも言っていたが、このアルバムはテイラーの「ゴス・フォーク」作だ。ザ・ナショナルの大ファンだったテイラーから電話をしてコラボが実現。完全にリモートで完成させた魔法のような作品なのだ。コロナ禍だから得た自由を最大限に活かし、『ラヴァー』からは果てしなく遠く深く自分と対峙。想像力を羽ばたかせ、誰もが待つアコギのSSWではなく、さらに大胆な作品に挑んだ。ピアノ、ストリングス、ペダル・スティールやシンセサイザー、ドラム・マシーンによる、アーロンのザラついた中に繊細なニュアンスが複雑に織り込まれたサウンドは、重くエモーショナルな空気感を描く。テイラーはそんなモノクロで未開の森の中へ深く踏み込み、サウンド的にも精神的にも大きな成長を遂げたのだ。前作の“ME!”では、《私! 私! 私!》と自己肯定を歌ったが、ここでは、“フォークロア”を語るストーリーテラーに徹し、3人称で、キャラクターを登場させ、フィクション、歴史、パーソナルな物語を1曲に詰め込んでいる。ゴースト・ストーリーや、歴史、記憶や、思い出が、ファンタジーのように語られている。また失敗や裏切り、後悔、喪失、孤独などが、これまでで最もダークにノスタルジックに、傷心で、悲痛で時にシュールに、サウンドと同じく複雑で深い物語として描かれている。例えば、“エピファニー”では、自分の祖父の体験を元に、第二次世界大戦で血を流す兵士と現在コロナと闘う病院の医師の2つの大きな悲劇をデリケートに重ねている。かと思えば、“カーディガン”と、“オーガスト”と、“ベティ”では、17歳の三角関係を3人の視点から振り返る。ティーンエイジャーの恋愛の永遠と特別さが、セピア色の記憶として、痛々しくもどこか愛すべきものとして見つめられているのが、これまでのテイラーにはない成長だ。“ベティ”では初期のボブ・ディランに挑戦したとアーロンは言っていたが、サウンドの複雑さや生々しさがテイラーからこれまでなかった感情を引き出している。ジャスティン・バーノンとのあまりに豪華なデュエット曲“エグザイル”では別れた2人の心のすれ違いが露になりカタルシスすらある。また、“ディス・イズ・ミー・トライング”では、後悔、失敗、孤独が歌われテイラーとしては珍しいか弱さが描かれている。温もりのあるギターの“ミラーボール”では、ミラーボールについて描写。《あなたのために輝いている》、でも《何百万のかけらに壊れてしまう》とつまり彼女の脆さが描かれているのだ。これは、長年のコラボレーターであるジャック・アントノフとの共作で、アーロンとの曲に比べると、よりこれまでの彼女らしいメロディが引き立っている。歌詞でとりわけ優れているのは、“マイ・ティアーズ・リコシェ”。《私の名前に呪いをかけながら、いかないでと言う》と、彼女の得意な失恋物語かと思うが、これは彼女と元レーベルとの決裂が描かれた曲だ。つまりそれを誰もが共感できる裏切りや屈辱などを描いた普遍的な物語に昇華しているのだ。アーロンによる不吉なコードとデリケートなリズム、ざらついたインストのループは、これまでのテイラーのイメージとかけ離れているが、その2つの世界観がこの作品でいかに美しく結実したかは、例えば“セヴン”でよく分かる。全編においてやはり彼女の告白が描かれているのだが、しかしそれを“フォークロア”にできたことが、彼女の洗練と成長を刻んでいる。今作は、毎年夏にリリースされるようなスタジアムで合唱できる曲が詰め込まれた完璧なポップ作とは言えない。しかし後悔や苦痛をさらけ出し、それを優しいまなざしと温もりで包み込む。誰もが悲劇と孤独に対峙する2020年の夏、世界中の人が1人、部屋で合唱する、これ以上ない完璧なアルバムだ。 (中村明美)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』9月号に掲載中です。
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テイラー・スウィフト フォークロア[スペシャル・エディション] - 『rockin'on』2020年9月号『rockin'on』2020年9月号
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