若きマエストロ兄弟の帰還

ザ・レモン・ツイッグス『ソングス・フォー・ザ・ジェネラル・パブリック』
発売中
ALBUM

マエストロなんて言葉がまったく似合わないのは承知だが、聴いているとそんな言葉が反射的に浮かぶ。現代最高のポップ・マエストロならではの傑作サードが届いた。ポップなロックがまだまだ新鮮で有効なことを示したデビュー作『ドゥ・ハリウッド』の衝撃はいまでも忘れられないが(しかも十代)、それが序章にすぎなかったと知らされたのは一昨年のセカンド『ゴー・トゥ・スクール』だった。

子供のいない夫婦に人間の男の子として育てられたチンパンジーのシェーンの物語を思い入れたっぷりなメロディとサウンドで綴る、ザ・フーの『トミー』のエッセンスを受け継ぐロック・オペラでは、どこまでも確信犯的なポップ・ワールドが展開され魅せられた。絶対にどこかで聴いてたはずのメロディの感触、懐かしいのに決して懐古的だったり安易に仕上げるのじゃなく、そのギリギリの際を、まるで熟練工のように仕上げるブライアンとマイケルのダダリオ兄弟の手腕にエルトン・ジョンを始め世界中から賞賛が巻き起こっていた。まさにマエストロ。

ここまでハードルが上がると普通だったら肩に力が入るか、より大きなプロジェクトとなりそうなものだが、そんなことはまったく関係ない自然体の楽曲が大盛りで、先行配信されたセイラーやスレイドを思わせる“ザ・ワン”はアメリカの田舎町でなぜか選挙活動をやってる風なMV付き。そのノリは絶頂期のT・レックスリンゴ・スターが監督して撮った『ボーン・トゥ・ブギー』をなぜか連想したり、さらに現実の米大統領選のことなども思い浮かぶ。

それを含め全12曲(国内盤CDはボートラ4曲追加)、どれも丹念に仕上げられたナンバーが揃う。すぐにトッド・ラングレンやゾンビーズ、チープ・トリックジェリーフィッシュ等の名前が浮かぶ曲、ポップ・サイケ、軽いハード・ロックからグラム、パワー・ポップといった言葉も並ぶが、それは単に受け手の受信回路が記憶のデータを根拠にファイリングしようとしているにすぎず、もちろんそれはそれで面白いのだが、そこからすべて離れた方が彼らの世界をダイナミックに楽しめる。兄弟は決して古着屋から仕入れてそのまま着ているわけじゃなく細かいアレンジを偏執的に施していく。とくに念入りに作り込んだドラム・サウンドの70sテイストの鮮やかさ、包み込むストリングス系の巧みな使い方が今回も目立つし、前作以上にメロディが突き刺さってくるのも良い。

どこから聴いてもまったく隙がなく、どんな切り取り方、シャッフルにも対応自在なところは21世紀のポップ・スターならではだ。 (大鷹俊一)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』9月号に掲載中です。
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『rockin'on』 2020年9月号