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ブルース・スプリングスティーン『レター・トゥ・ユー』
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ALBUM
ブルース・スプリングスティーン レター・トゥ・ユー

久しぶりにEストリート・バンドを召還したブルース・スプリングスティーンの新作リリースとのニュースが伝えられ、ほどなくアルバム・タイトル・トラック“レター・トゥ・ユー”、オーソドックスなロックンロール・スタイルも含む“ゴースツ”が発表。これがアルバム全体にどう拡大されているのだろうと推測する時間も楽しかったが、さすがボスというべき壮大なスケールの作品が届けられた。

いっさいオーバーダブなし、ライブ・レコーディングでわずか5日間で作られたという、トップ・アーティストにとってリスキーな制作体制だが狙い通りシンプルに各楽器の鳴り音が響き、そこをスプリングスティーンの衰えを知らないボーカルがうねり、そのときの勢いやエモーション、バンドとのコンビネーションを何よりも中心に置いたのがよくわかる。楽曲の頂点で聞こえてくるロイ・ビタンのピアノの響き、丁寧に重なるギター・サウンドに触れていると、Eストリート・バンドとの関係が特別なものだというのもつくづく納得。

先に「壮大」と書いたが、それはサウンドやアレンジのことではなく、このアルバムに込めた思いや、メンバー間の歴史、作るまでのプロセスのことで、ここ数年の彼の活動から導かれている。Eストリート・バンドとの前作に当たる『ハイ・ホープス(High Hopes)』リリース後、彼はNYブロードウェイのキャパが1000人足らずの劇場で17年10月から自伝をベースにひとりの弾き語りで計236回のステージを行った。ライブ・アルバム『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』でも体験できるのだが、それはある種のリセットをもたらした。さらに自身の根や創作と向き合った前作『ウエスタン・スターズ』では、コンサート・ドキュメント・フィルム、そのライブ盤という形でさらに表現枠を拡げたが、そこでは自然に原点と現時点が等価で結ばれ、結果としてEストリート・バンドが召還されたのは当然すぎる流れだったのだろう。

彼の数多いアルバムで個人的に一、二を必ず争うほど好きなのが2ndの『青春の叫び(The Wild, The Innocent & The E Street huffle)』(73)で、熱く歌い上げる“ロザリータ”から“ニューヨーク・シティ・セレナーデ”に漂う深いロマンチシズムには今でも聴きほれるが、今回の『レター・トゥ・ユー』を聴いて思い浮かべたのがこのアルバムで、当時24歳前後のスプリングスティーンの2ndの完成度は驚異的だった。クラレンス・クレモンズを始めEストリート・バンドとなるメンバーたちの協力の下、ロックだけじゃなくジャズ、フォーク・ロック、ゴスペル、ソウル等の要素を織り込んだサウンドに昇華し、それは評論家に「ロックの未来を見た」とまで言わせるにふさわしいものだが、それから40年以上が過ぎ、クラレンスやダニー・フェデリシは亡くなってしまったものの、受け継がれるものとは何なのか。それを問いかけ、答えを示したのがこのアルバムだ。

まず“レター・トゥ・ユー”と“ゴースツ”がリリースされたというのは極めて示唆的で、アルバムの肝であり、物語の始まりと最終部でもある。手紙は24歳の彼に向けられているようにも思えるし、“ゴースツ”に関しては「“ゴースツ”は音楽のスピリットそのものに語り掛けようとしている。それは俺たちの誰にも元々備わっているものではなくて、発見して一緒に共有することしかできない」とコメントし、MVでは高校時代のバンド、ザ・キャスティールズのショットを織り交ぜて見せる。

アルバムはしっとりとした弾き語りの“ワン・ミニット・ユア・ヒア”に始まる全12曲で9曲は書き下ろし、ウォーレン・ジヴォンとの因縁もある“ジェイニー・ニーズ・ア・シューター”、“イフ・アイ・ワズ・ザ・プリースト”、“ソング・フォー・オーファンズ”の3つは70年代初期に書かれたもの。オーバーダブなしのライブ・レコーディングは、全体に勢いが漲り、ストレートにエモーションと思いを浮かび上がらせ、細かいアレンジや飾りに心を砕くのではなく、バンドとしてのグルーヴを何よりも重要視する姿勢は、楽曲を生々しく息づかせている。

また“レター・トゥ・ユー”に象徴されるが、極めてシンプルな言葉で作られているところもポイント。“ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ”なんて70年代の彼が書きそうなナンバーそのものだが、みずみずしく、これがここ数年の企画や体験で到達した領域だ。ロック・バンドのドラマが幻想の中にしかない時代、そしてライブの場さえ失われているこんなときだからこそ、この生々しいアルバムに癒やされ、勇気を与えられる。(大鷹俊一)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
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ブルース・スプリングスティーン レター・トゥ・ユー - 『rockin'on』2020年12月号『rockin'on』2020年12月号
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