2020年を制したイマジネーション

テイラー・スウィフト『エヴァーモア』
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ALBUM
テイラー・スウィフト エヴァーモア

2020年がエンターテインメントにとって苦悩の年であったことは間違いない。しかし中には1年に2枚のフル・アルバムをリリースしたテイラー・スウィフトエミネムのように、例年以上に創作に燃えて多活動だったアーティストもいる。特にテイラーは非日常の日々をチャンスと捉え、彼女のキャリアにおいて凄まじく重要な変容を遂げた。しかも『フォークロア』、『エヴァーモア』は共に初週売り上げが100万枚を突破、『フォークロア』は2020年最大のヒットになった。パンデミックの渦中でそんなことが可能だったのはもちろん彼女だけだ。

テイラーの作品を最も的確に解説するのは常に本人なわけだけれども、今回の『エヴァーモア』についてもリリースの直前、彼女はSNSに詳細な制作背景を記していた。「簡単に言うと、曲を書き続けるのをやめられなかった。もう少しポエティックに言うとしたら、フォークロアの森の端っこに立っているような気分だったの。だったらもっと深く、この音楽の森を彷徨ってみようって」。ちなみに本作のジャケット写真同様に、テイラーは『フォークロア』の裏ジャケットでもこちらに背を向けていた。私はてっきり、あの背中を「想像の森から抜けて現実に戻ろうとする」メタファーだと思っていた。しかし、実際は逆だった。『フォークロア』は序章、森のほんの入り口にすぎなかったのだ。

本作は『フォークロア』の続編、姉妹作として制作されたアルバムであり、収録曲の多くは前作のレコーディング中に書かれたものだという。実際、前作から引き継がれた旋律、逆に前作のプロトタイプだったと思しきドローンもここにはあって、大枠では『フォークロア』を踏襲したフォーキーなシンガー・ソングライター・アルバムとして捉えていいだろう。『フォークロア』から引き続きアーロン・デスナーがメイン・プロデューサーを務め、ジャック・アントノフ、ボン・イヴェール、恋人のジョー・アルウィンも変わらぬ布陣だ。そこに新たにザ・ナショナルハイムマムフォード・アンド・サンズのマーカス・マムフォードが加わり、まさにUSインディの叡智結集の様相を呈している。

本作を聴いて真っ先に頭に思い浮かんだのは、時折爆ぜながらチラチラと揺らめく焚き火のイメージだ。心安らぐ穏やかな温もりをもたらす焚き火の炎が、実際は一瞬も同じかたちを留めず激しく動き続けているように、繊細で精緻なチェンバー・ポップの体裁の一方で、広大な森の中で躍動するイマジネーションを感じさせるアルバムだからだ。フィンガーピッキング・ギターの素朴な軋み。マンドリンやフレンチ・ホルンの滑らかな曲線。漣のようなコーラスと、心電図のようなドローン。遠い記憶を反芻するピアノと、御伽の世界に誘うフォギーなシンセ。最奥地から控えめに奏でられるストリングス……これら無数のリッチなテクスチュアが折り重なり、交ざりながらも全く濁らず、それぞれがクリーンに聴こえてくるのもすごい。さりげなくも大胆なテンポ・チェンジを繰り返しながらうねり、動き続けている本作には、澱がたまる場所がないからだろう。

物語を喚起させる歌詞も前作に勝るとも劣らない。夫に捨てられた妻の嘆きと自失を描いた“happiness”や、夫とその愛人に殺されてしまう妻(“no body, no crime”)など、恋バナを通り越して悲劇的な結婚をテーマにした歌詞が目立つのも面白いが、ハイムの三姉妹がまるでサスペンスの登場人物のように配された“no body~”はサウンドも鋭利で、緊張感を孕んだオルタナ・ギターがアルバム中盤のフックになっている。また、前作で第二次大戦中の祖父に思いを馳せた彼女は、本作の“marjorie”ではオペラ歌手だった祖母から得た教訓と、愛を伝えきれなかった悔恨を歌っている。個人的に最もシビれたのは“dorothea”だ。退屈な田舎町に取り残された男が、地元を捨ててハリウッドで有名になった元カノに「まだ僕のことを考えているかな? 今じゃ小さい画面の中でしか見かけないけど」と未練を呟くという内容。暢気なカントリー・ギターの響きとは裏腹になかなか痛烈で、田舎町( ≒カントリー・ミュージック)を捨てて得た「名声」の代償を自虐的に示した『レピュテーション』を経て、ストーリーテラーとしてそれを俯瞰するに至ったテイラーの成長を象徴するナンバーだと思う。

デヴィッド・ボウイのベルリン3部作のように、この2枚の傑作はテイラー・スウィフトの「ロックダウン2部作」として、後世に語り継がれることになるだろう。次にどんなアルバムを作るのか現時点では全く想像がつかないと彼女は語っているが、いずれにしてもこの2連作によってポップ・スターとしてのあらゆるスティグマから解放された彼女は、30代をとてつもなく自由な時代として駆け抜けることになるはずだ。(粉川しの)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』2月号に掲載中です。
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テイラー・スウィフト エヴァーモア - 『rockin'on』2021年2月号『rockin'on』2021年2月号
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