ボブとジョージが一緒にジャムった日

ボブ・ディラン『1970』
発売中
ALBUM
ボブ・ディラン 1970

ヨーロッパでは、公式に発売されなかった音源は、録音から50年が過ぎた時点でパブリック・ドメインとなる。これを回避するため、やはりヨーロッパでは、2012年以降、ボブ・ディランの「50周年」未発表音源を年ごとにまとめたアルバムが毎年ひっそりとリリースされている。と言っても、あくまで海賊盤対策だから、一般の市場にはほとんど流通しない。

ところが、昨年末にリリースされた「1970年」コレクションは、あっというまに売り切れ、ファンの間で争奪戦が発生する事態となった。理由はただひとつ、「ジョージ・ハリスン」――そう、今回の音源には、70年にジョージが参加した伝説のセッションの模様が収録されており、世界中のビートルマニアから「通常盤として発売して!」という熱いリクエストが沸き起こったのだ。かくして、このたび晴れて「公式発売」されることになったのが本盤。タイトルもド直球で『1970』である。

さて、具体的に中身をチェックしていこう。3枚組CDに収録されたのは全74曲で、トータル時間は約3時間半。いずれも1970年のディランの未発表音源だけど、録音時期によって3ブロックに分けられる。

まず、3月3~5日の3日間は、6月発売のアルバム『セルフ・ポートレイト』用のセッション。その後5月1日にジョージを迎えた単発のセッションを挟み、6月1~5日の5日間(プラス追加の8月12日)は、10月発売のアルバム『新しい夜明け』用に行なったセッションだ。

ディランが70年に発表した2枚のアルバム『セルフ~』と『~夜明け』は、彼のキャリアの中で長らく「混乱期」と評されてきた。確かに他の名盤と比べ、この2枚の収録曲は作風に統一感がない。情報もウィキペディアもなかった当時の音楽ファンは、そりゃ面食らっただろう。

でも、近年になって、この時期のディランは、60年代の栄光期からタイムアウトを取って、自身のルーツを振り返りながら「自分探し」をしていたんだという捉え方が新たな主流となってきた。転換点となったきっかけはもちろん、2013年にリリースされたブートレッグ・シリーズ第10集『アナザー・セルフ・ポートレイト』だったわけだけど、今回新たに追加された未発表音源の数々は、そんな再評価の気運をさらに加速させることになるだろう。終始リラックスした各セッションで演奏されているのは、大昔のフォークやポップスのカバーあり(“好きにならずにいられない”)、自曲の新解釈あり(“悲しきベイブ”に“親指トムのブルースのように”)……といった具合で、完成したアルバムに劣らず「しっちゃかめっちゃか」だ。でも、2021年のディラン・ファンは知っている――あの2作のアルバムと大量のアウトテイクは、その「しっちゃかめっちゃか」にこそ本質があるのだ。そこにいるのは、カリスマ化された偶像ではなく、等身大のディランなのだ。

さてさて。ここからは、きっと多くの人にとって「本題」であろう、ジョージの参加曲に話を移そう。

5月1日のレコーディングは、全29テイクが収録されている。そのうちジョージがギター、もしくはボーカルで参加したのは計9テイク。初期のビートルズもやっていた“マッチボックス”のカバーでの無邪気なロカビリーなんて、理屈抜きで楽しそうだ。

でも、より興味深いのはジョージが“参加してない”トラックかもしれない。このすぐ後にレコーディングが始まる自身のソロ・デビュー作『オール・シングス・マスト・パス』でカバーすることになるディランの“イフ・ナット・フォー・ユー”の4テイクにもジョージは参加してない。でも、彼がディランのすぐ隣で、その演奏を真剣に見守っていた様子は容易に目に浮かぶ。彼はそこから、多くの教えを学び取ったはずだ。

別の意味で驚きなのは“イエスタデイ”のカバー。これもジョージは参加してない。70年5月といえば、映画『レット・イット・ビー』がまさに公開された月で、ポールとの仲も最悪だった頃だしね。ディランの演奏もかなり適当で、途中から歌メロがあやふやになる。ぐだぐだすぎて、逆に微笑ましいですけども。

その“イエスタデイ”に限らず、全体の演奏クオリティについてはあまりハードルを上げすぎずに聴くことをおススメする。そもそもこれは誰にも聴かせる予定のなかったプライベートなセッションなのだ――でも、その点を踏まえた上で聴けば、これはやはり素敵な記録である。ご存じのように、ふたりの関係はこの後も続き、翌年のバングラデシュ・コンサートを経て、80年代のトラヴェリング・ウィルベリーズまで繋がっていく。そんな美しい友情の「深まり」の瞬間に鳴らされた音楽が、ここにはすべて記録されている。それってほんと、奇跡だ。 (内瀬戸久司)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』4月号に掲載中です。
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ボブ・ディラン 1970 - 『rockin'on』2021年4月号『rockin'on』2021年4月号
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