70年代から現在まで貫く傑作

セイント・ヴィンセント『DADDY'S HOME』
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ALBUM
セイント・ヴィンセント DADDY'S HOME

ソングライティング、サウンド・デザイン、パフォーマンスなどにおいて、現在アメリカでもっとも重要な女性アーティストだと思っているセイント・ヴィンセントことアニー・クラークの通算6枚目となる『Daddy’s Home』がドロップされた。

まずジャケットに惚れ惚れ。アンディ・ウォーホルのファクトリーにおけるトランスジェンダー・クイーンにしてルー・リードの“ワイルド・サイドを歩け”や“キャンディ・セッズ”でスポットを当てられたキャンディ・ダーリングに似せたセイント・ヴィンセントの美しいこと。さらにアルバム最後に“Candy Darling”が捧げられ、妖しい陽炎の彼方に60年代のサブカルチャーの断層が浮かび上がり胸が締め付けられる。というのもこの曲に至るまでの流れが完璧だからだ。

“Humming”と名付けられた3パートのインタールードを含め全14トラック(日本盤は“New York featuring YOSHIKI”をボーナス収録)のアルバムは、先行シングルでもあった“Pay Your Way In Pain”でスタートする。スライ・ストーンやユーリズミックスあたりに通じるシンセ・ファンクが心地よいナンバーで、ダニー・ハサウェイの娘ケニア・ハサウェイなどがコーラスで加わるサウンドがこのアルバム全体の方向性を宣言しているようにも聴こえる。

「ヒッピー・ドリームが破れ、ディスコ・ブームが到来する寸前の70年代前半、進むべき方向を必死で模索している点に現在との類似性を感じる」との視点をベースにしたアルバムのプロデュースは、前作『マスセダクション』に続きジャック・アントノフで、先月もラナ・デル・レイ『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』でこの男のマジックの冴えを聴かされたばかりだが、ここでも過不足ない絶妙な立ち位置だ。前作のインタビューで、彼女はジャックを「チームメイト」と形容したが、まさにそれがぴったりで、彼女の思い描くサウンドの立体化と、切り断ちがちなエッジをうまくまとめ上げていく。

アルバム・タイトル曲の“Daddy’s Home”は2010年5月に知的犯罪(White-Collar Crime。脱税、偽造、マネー・ロンダリング、詐欺等)で収監されていた父親が19年冬に出所したことをきっかけに作られたもので、これでもかと父への愛を表したり幼児のような叫び声が全体を包み込んだりと複雑な感情を隠さないが、左右のスピーカーに振り分けられた音の表情豊かな重なり具合によって巧みに表現されている。そのタイトな世界が次の“Live In The Dream”ではファンタジックなサイケ・フォークの森へとつながる道を照らし出すが、先導する彼女のシタールやギターのフレーズすべてが魅力的だし、とくに4分ほどしたあたりのギター・ソロの凄さは圧倒的で、絶頂感のあとの約1分間にわたるエンドロールもみごと。

続く“The Melting Of The Sun”は彼女にとってのヒロインであるジョニ・ミッチェルニーナ・シモンに捧げたラブ・レターで、あの時代に闘い続けたアーティストへの思いがアルバム全体のトーンともよく合い、重たい刀剣でズタッと切り裂いたような唐突な終わり方も胸に迫る。スライ・ストーンとプリンスがセッションするかの“Down”の強烈なエレクトロ・ファンクと、それに続く荒涼としたインダストリアル・ノイズ(“Humming”Pt.2)、そこからつながる“Somebody Like Me”のどこか楽天的なフォーク・タッチからだんだんと歪んでいく一連のサウンド・デザインの巧みさやボーカルとギターの絡みが絶品だ。

これらも含む後半の存在感は圧巻で、“My Baby Wants A Baby”の60sブリル・ビルディング作品に通じるメロディのポップ感覚には時代を超えていくものがあるし、コーラスやホーンのアレンジに時代の刻印を入れ込む手法も鮮やか。制作に入る前にジャックに「ダウンタウンでの落ちぶれた暮らしの雰囲気のレコードにしたい」と話し、彼がすぐに応えて書いた次の“...At The Holiday Party”のアコースティック・ギターのアルペジオのタッチが70年代前半のテイストを醸し出し、さらに左右に分離したホーン、シンセとパーカッション類があの時代に置き去りにされた風景を描き出していったりする後半の切羽詰まったやりとりには、今の時代にも有効なものが示されているかのようだ。

そうした流れの先にあるのが美しいナンバー“Candy Darling”で、思わずルー・リードが、ギター弾こうかと言い出す声が聞こえてきそうだが、ジェンダーの壁を超えることへの思いが通じてか特別な曲となっている。みごとな、まったくブレることのないセイント・ヴィンセント美学の詰まった大傑作だ。 (大鷹俊一)



ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』6月号に掲載中です。
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セイント・ヴィンセント DADDY'S HOME - 『rockin'on』2021年6月号『rockin'on』2021年6月号
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