シャルロット・ゲンズブールは女優である以前に、そしてもちろん歌手である以前に「シャルロット・ゲンズブール」というアイコンであることを実父のまなざし(『シャルロット・フォー・エヴァー』)によって宿命づけられた特異なアーティストである。他人の皮を被る女優業ではまだ柔軟に渡り歩くことができているが、あるがままの自己表現の最たる場である音楽においては、もうそれは何をやろうがシャルロット・ゲンズブールであるという以上の意味は生まれようがない(実母のジェーン・バーキンはもはやそれを一生のテーマにしている人だったりする)。彼女が「私は自分がシンガーだと思ったことはない」と言うのも、彼女の音楽がコラボレイターのまなざしによって初めて定義されるのも、そんな彼女の特異な性質ゆえだろう。
だからベックとシャルロットが一緒に作っていると最初に聞いた時は、ベックのシャルロット・ゲンズブールに対する「解釈」のアルバムになるんじゃないかと予想していた。しかし、実際この作品が何より強く伝えているのはベックの作家性そのものだ。シャルロットの声を通してベックのやりたかった音楽(アフリカン・ビート、シャンソン、レゲエetc)がひとつの遠慮もなくあふれ出している。これはシャルロットというアイコンに投射されたベックそのもの、と言ってもいい。
たまたま「そう遠くない他人」であった二人が歌詞までシンクロさせながら生み出した本作は、ベックにとって幸福な傑作である。二人のコラボに奇跡を見る思いだ。(粉川しの)
ベックの傑作
シャルロット・ゲンズブール『IRM』
2010年01月27日発売
2010年01月27日発売
ALBUM