英米では今年間違いなくもっとも重要な作品のひとつである。サウンド面では、ストリングスやホーンといった新たなアプローチが採り入れられており、ザ・ナショナルのトレードマークである切ないピッキングが消えたりもしているが、マットのバリトンとあのメロディ、やり切れない歌詞のダークさにくるまれると、やはりほっとするのだ。アブセンティーとかアントラーズとか後継者はいっぱいいてもちろん彼らもいいのだけど、そうした、言ってみれば「新エモ」のパイオニアはいつだってザ・ナショナルだった。ザ・ナショナルが描いてきたのは、たとえばトレイラーハウスに住むことの行き止まり感ではなくて、もっと普遍的な、凡人の生きづらさみたいなものだ。今作は、サウンドに奥行きが増したことで、リアルさがありながらユーモラスなフィクションにもとれるドラマ性がぐっと深まっている。具体的な描写だけでなく、より抽象的な感覚を映し込むことで、より普遍的なものになった。“I Can't Get Over You”という言葉には、いくつもの意味を見出せるだろう。ザ・ナショナルもまた、より自由な表現を手に入れつつあるのかもしれない。(羽鳥麻美)