11月13日(水)にキャリア初となるベスト・アルバム『ダイレクト・ヒッツ』をリリースしたザ・キラーズ、そのベスト盤リリースを記念したこの特集の後編では、ロニー・ヴァヌッチィ(Dr)のインタヴューをお送りします。

『ダイレクト・ヒッツ』というタイトルにも象徴的な通り、ザ・キラーズのデビューからの10年というのは、ロック・バンドとしてヒット・チャートと向き合ってきた10年と言えます。R&B/ヒップホップの寡占状態にあった当時の全米チャートに、ニヒリズムでなく、曲の力、ソングライティングの力で真っ向から勝負に挑んだのがザ・キラーズというバンドでした。もちろん、すべてが華々しい結果を残したわけではありません。ここでロニーも指摘するように失敗したこともありました。けれど、『ダイレクト・ヒッツ』に収録された既発曲全13曲は、そんなザ・キラーズの矜持を指し示す楽曲ばかりです。

ここに掲載したロニー・ヴァヌッチィのインタヴューは、今年10月の6年ぶりに実現した来日公演の際に収録されたものです。一つの節目を迎えようとしている彼らに、この10年を振り返ってもらいました。

※『【前編】ミュージック・ビデオと共に振り返るザ・キラーズ10年の歩み』はこちら


THE KILLERS
ザ・キラーズ
メンバー:
ブランドン・フラワーズ (Vo・Key)/デイヴィッド・キューニ ング (Gt)/マーク・ストーマー(Ba)/ロニー・ヴァヌッチィ(Dr)

オフィシャルサイト:http://www.thekillersmusic.com/


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8万人の観客の前でプレイするよりも、1,000人の前でプレイするほうが怖かったりする。どっちにも、それぞれに独特のヴァイブがある。種類が違うヴァイブなんだよ

――現在進行中のツアーはキャリア最大規模と言っていいものですよね。

ロニー「ああ、そんな気がするよ。というのも、今回はかなり広範囲にわたってツアーしているからね。これまでより多くの場所を訪れている。クレイジーな話だよ、今回貯めた飛行機のマイル数を考えると恐ろしいね」

――バンドが今どういう場所に立っているのか、確認する機会にもなったのでは?

ロニー「もちろんだよ。どんなことであれ、何か行動を起こせば、それは確認作業になる。自分たちがどこにいるのか見えてくる。逆にこうやってツアーに出なければ、ある意味、空想上の場所で暮らしているようなものだからね(笑)。インターネットの世界に閉じこもっていることになる。でもちゃんと旅をして、ライヴをプレイしていれば、自分たちが成長して刻んだ足跡を実感できる部分があるよね」

――来日前には初めて中国も訪れたそうですね。

ロニー「かなり面白い体験だったよ。色々異なる都市を訪れるのは興味深かったね。俺たちは台湾に行って、まあ台湾は中華民国なんだが、台北、北京、上海と、それぞれの違いを見てきた。それに中国の政府の仕組みやカルチャーといったことも、興味深かったね」

――では、ちゃんと政府のチェックを経て公演が実現したんですね。

ロニー「うん、もちろんさ」

――夏にはキャパとしては最高のウェンブリー・スタジアム公演がありました。

ロニー「ああ。ありゃビビったよ(笑)」

――そうなんですか?ライヴ映像をちらっと見たんですが、4人ともニコニコしていましたけど。

ロニー「そりゃもう、全く違う次元の体験だから、パンツ一丁で鏡の前でエア・ギターをしている12歳の自分が出てこないように、冷静でいなくちゃならない(笑)。それって難しいからね。あれは楽しかったよ。ライヴの終盤に差し掛かって、ようやくリラックスできた。最初の1時間くらいはかなりビクビクしていたんだ」

――頂点をひとつ極めてしまったあとで、通常のライヴ活動に戻るのは楽じゃなかったのでは?

ロニー「ああ……いや、そんなことはないよ。逆に色んな意味で、8万人の観客の前でプレイするよりも、1,000人の前でプレイするほうが怖かったりするからね(笑)。どっちにも、なんて言えばいいのかな、それぞれに独特のヴァイブがある。種類が違うヴァイブなんだよ」

"10年の月日は沈みゆく船のごとく消え去った"というフレーズは今の俺たちの気持ちを代弁している

――ウェンブリー公演のために『Wembley Song』という新曲も書きましたよね。

ロニー「うん(笑)」

――その中で"デイヴのアパートからウェンブリーへと僕らは旅し/10年の月日は沈みゆく船のごとく消え去った"と歌っていました。それがあなたたち4人の今の気分なんでしょうか?

ロニー「そうだね。"10年の月日は沈みゆく船のごとく消え去った"という部分は、実は別の曲から引用しているんだ。過去の自分たちの曲を幾つか引用しながら新しい曲を書いて、自分たちが置かれている状況を解き明かそうとしたのさ。でも君の質問に答えると、うん、多くの面であのフレーズは今の俺たちの気持ちを代弁している。別の人にも話していたんだが、過去に自分たちがやってきたことを振り返る習慣は俺にはない。でもこのアルバムを、シングル集っていうかグレイテスト・ヒッツの類をリリースすることになって、否応なくこれまでにどういう曲を作ってきたのか、振り返らなくちゃならない状況に追い込まれて、時間の経過の速さに愕然とさせられたよ」

――結果的に、次に行くべき方向が見えてきた?

ロニー「ああ。俺が思うに、こういうアルバムは少し客観性を与えてくれるものだし、自分たちの長所が何なのか見えてくる。『バトル・ボーン』でもそういう部分に多少触れたんだけどね。とはいえ、全ては長いプロセスの一部であり、探究であり……興味深いものだよ」

――興味深いと言えば、タイトルも然りです。『ダイレクト・ヒッツ(=直撃)』というタイトルを選んだのはなぜ?

ロニー「俺たちの友人のひとりで、アートワーク面で手伝ってくれているウォレンってヤツが、ジャケットのデザイン案を幾つか作っていて、そのひとつが『ダイレクト・ヒッツ』と謳っていたんだよ。それを見て、『お、これはいいね』と思った。俺たちもタイトルの案を考えていたんだが、『ダイレクト・ヒッツ』のほうが気に入ってしまって、採用することにしたのさ」

――新曲もふたつ収められています。これらは、『バトル・ボーン』のセッションで生まれたものですか? それとも本作のために新たに作ったもの?

ロニー「"ショット・アット・ザ・ナイト"はブランドンと俺が作ったデモをもとにしていて、"ジャスト・アナザー・ガール"はブランドンがスチュアート・プライスと作った曲だよ。ほかにも幾つか候補はあったんだが、次のアルバムとか、ほかのプロジェクトにとっておくことにした。これら2曲を今回のアルバムに収録するのが、ロジカルな回答であるように感じたのさ。そういう経緯で曲を選んだ。何か新しいものを提供しないとね」

――うち"ショット・アット・ザ・ナイト"はM83ことアンソニー・ゴンザレスとのコラボ曲です。彼とコラボした経緯は?

ロニー「まずこの"ショット・アット・ザ・ナイト"がデモの形であって、それをアンソニーに託したら、アンソニーは曲を切り刻んで『僕ならこんな風に料理する』って言って返してきたんだ(笑)。だから当初はリミックスぽく聴こえたんだが、独特のヴァイブがあってね。なんていうか、(女優の)モリー・リングウォルド(80年代~90年代にかけて活躍したアメリカの女優)的なヴァイブがあった。それで、そこにさらに手を加えたら……うまく形になったんだよ。俺のお気に入りの曲のひとつだよ。っていうか、あんまり俺たちっぽくないんだけど、タイミング的に何が素晴らしいって、今の俺たちはこんな風に少し遊んだり、コラボしたり、実験したりできる余裕があるんだ」

――それはやっぱり、自分たちがどういうバンドなのかすでに分かっているからですよね。

ロニー「そうなんだと思うよ。それに、こういう風に実験して運を試すのが俺たちの本質だからね」

初めて一室に揃った時から手応えがあったんだ。あの時ようやく4人が集まって、全員とにかく……ロックしたかった。ただバンドをやりたかったんだよ。一生涯(笑)。だからうれしかったね

――先程、過去を振り返るのは好まないとおっしゃってましたが、ここでこれまでの作品を振り返ってもらえますか?

ロニー「分かった。最善を尽くすよ」

――まず、結成して最初の頃の体験で、何か特に印象に残っていることはありますか?

ロニー「そうだな、ゲイ・バーで13人くらいの客の前でプレイしたことかな(笑)。その手の話だね。素晴らしい体験だったよ。いい練習になった」

――下積み時代に、「このバンドはうまく行く」と手応えを得た瞬間を覚えていますか?

ロニー「初めて一室に揃った時から手応えがあったんだ。バンドってたいていはひとりかふたり、違うことを考えてるヤツがいるんだよ。俺はたくさんのバンドを体験してきたけど、いつも必ず、動機の不純なヤツが混じってる。ハッパを吸っていたいだけのヤツ、女にモテたいだけってヤツ……。でもあの時ようやく4人が集まって、全員とにかく……ロックしたかった。ただバンドをやりたかったんだよ。一生涯(笑)。だからうれしかったね。そうやってうまく歯車がかみ合うと、クレイジーなことが起きるもので、まさにそういう結果になったのさ」

――ちなみにザ・キラーズの曲には常に、ロックンロールとポップ、アメリカンな音とブリティッシュな音が綱引きしているようなところがありますよね。それも最初からあった?

ロニー「っていうか、それは何も競い合ってるってわけじゃない。自分たちが影響を受けてきたものを素直に反映しているだけだから、自然な成り行きなんだと思うよ」

――結果的にデビュー作『ホット・ファス』は700万枚のセールスを記録して、バンドは一躍ブレイクします。一気に大バンドの仲間入りをしたわけですが、戸惑いはありましたか?

ロニー「うんうん。何しろ当時の俺たちは、世界を知ること、旅をすること、音楽ビジネス、すべてに関して初心者だったのに、いきなりプロのバンドになったわけだからね。ふいに巨大なゴリラにつまみ上げられて、八の字に揺さぶられたかのような気分さ。この10年間ずっとね(笑)。で、不思議なことに、そういう生活に慣れてしまったんだよ。俺たちは嵐をうまく乗り切って、仲良く活動を続ける術を身に着けたのさ。長いプロセスだったけどね」

――音楽ビジネスの中心地から少し離れたラス・ヴェガスを拠点にしていることも、助けになったのでは?

ロニー「そう思うよ。……今の俺たちの助けになるかってことでは…… 分からないな。ほとんどラス・ヴェガスにいないからね」

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