東京事変、10年ぶりのフルアルバム『音楽』のすべて、そして「再生」に至る日々を語る

東京事変、10年ぶりのフルアルバム『音楽』のすべて、そして「再生」に至る日々を語る

生きているうえで人間として願っていることに根ざしたものをやろうという思い直しはあったかもしれない

――2018年、ソロデビュー20周年の林檎博の時に思ったことがあって。東京事変の活動があって、そのあとまたソロをやっていく中で、デビューして最初の10年よりも林檎さんの人生が、すごい豊かで、自由になっていったんだなと。

「ありがとうございます。でも、恐らく多くの人の人生がそうなんじゃないかなとは思いますけどね。20代までって、自分がどう生きるか、せっせと材料を集めたり、どういうふうに暮らしていくか決めて、そのための準備をして。30ぐらいからやっと、思い描いていた暮らし向きを手にしていく、みたいな感じじゃないですか」

――ただ、林檎さんの場合、最初の10年って、存在としても世の中へのインパクトが大きかったし、才能のインパクトも大きかったし、音楽的にも革命的なものがあった分、返り血浴びたようなところもあった気がするんですよ。

「ははははは」

――でも、そのあとの10年って、それらを踏まえて、しっかりと足下を見ながら、こういうふうに生きていこうっていうのを組み立てていった感じだったのかなと思って。

「そうですね。でも、やっぱり、すごくいやらしい話、返り血を浴びないように、息を潜めたり変装したりとか、そういうのに費やした時間がすごく長く感じられましたね。最初はもちろんインパクト、爪痕を残そう、とか思ったと思うんですよ、怖いもんなしだから。ただ、そのあとすぐやめようと思ったら、そうは問屋が卸さなくて。ずっとこの商売やってかなきゃいけないってなった時に、若くて、女性でって、ほんとに、ただでさえ難しい条件が揃ってるんだなと思って。美醜とか、異性からも同性からも、いける・いけないって性的に見られて。その議論をいかに避けて、エネルギーを取っておくか。それで自分が――それこそバレてたってことだと思うけど、ほんとに生きていける状況に達した時に全部のカードを切れるように、息を潜めておくっていう、いやらしい考えがありましたよね、ずっと。ある種、事変の前半のキャリアっていうのは、それを手伝ってもらってた隠れ蓑というか」

――そのあと21年目以降は、さらに次のフェーズが始まったなという感じがしたんです。

「あ、そうですか?」

――ソロで『三毒史』というアルバムが出たのが大きいと思うんですが。今の時代において攻撃的に、巧妙にポップミュージックでできることをやるというか。東京事変って、だんだん『三毒史』のようなモードにもリンクしていった気がしていて。

「さっきのお話と関係しますけど、結局、お客さんがどういうロマンを抱いてくださっているか──もちろん好意的な方限定ですけど。そのことに戸惑った時に、やっぱり、ひとりで完成させてるもののほうが、具体的にコントロールしているから、薄まらないぶん、持っていきたいメッセージがはっきりしてますよね。そういうものも、生きているうえで人間として願っていることとかもちゃんと絡めて――かつて活動してる時ももちろんそのつもりだったけど、今も、1年限定だからってちょっとした副業みたいなものではなく、人間として願っていることにきちっと根ざしたものを東京事変でやろう、という思い直しみたいなものはあったかもしれないですね」

――なるほど。

「ただ、とにかく、事変の場合は、聴き当たりというか舌触りというか、タッチが軽くなんないといけないというふうに、ことさら思ってはいましたよね。バンドだし、5人しかいないから、どんな編成でもできるんだけど、だからこそちょっとスポーティに、ユニセックスにしたいなっていうようなこととかはありました」

――1個1個のタイアップもすごく巧妙に感じられたんですよね。作品や番組なりに曲が使われることによって、聴く人の中に、キャッチーなインパクトだけじゃない、深いところに響くものも同時に残すというか。最近の『ワールドビジネスサテライト(WBS)』エンディングテーマの“緑酒”も、ニュース番組であの曲を聴くことで、感情とか生き様の匂いがそこに乗って、ニュースを観るという時間に意外な奥行きが生まれるというか。

「“獣ゆく細道”っていう宮本(浩次)さんとやらせていただいた曲も、ニュース(『news zero』)だったんですよね。ニュースのエンディングテーマって、難しいですよね。大体どの局の方も『1日みなさんお疲れなので、癒される、スッと馴染むようなバラードをお願いします』っておっしゃるんです。でもバラードって難しいなあと思って。でもそこで、こうであってほしいかなっていうのを自分としては提案したいですよね。自分なりのものを」

――5人とも音楽家としても、ひとりの人間としてのスキルが合わさった状態でフルアルバムを作って、それによって『音楽』というタイトルになった感じがするんですよね。

「そうですね。あと、ここまで取っといた、出し惜しんでたことってたくさんあって。『まだ、今じゃない』みたいな(笑)、そういうのもやっと、気にしなくてよくなったっていう。だからだいぶ楽ですよね」

自然であることを好む人たちだから無理やり強いるようなことはできない。そうならないような範囲であれば、これからもやるんでしょうね

――『音楽』というタイトルとか、出さないでおいたカードだと思うんですよね。

「そうですね。いろいろ出ましたけどね、他にも。でもなんとなく満場一致だったんじゃないかしら」

――今までなら出さなかったカードが溜まっていて、ここだったら出せるっていう気持ちよさはアルバム作りにおいて感じてたんじゃないですか?

「ああ、そうですね。もちろんそればかりでもなく、この『音楽』というアルバムにおいてこういうメッセージは、絶対全部書ききりたいっていうことをやろうと思うと苦しいばっかりでしたけど。ただ楽器を録ってる間は、なんでもありだからこういうアプローチもしていいし、みたいなことは、はっきり目に見えていろいろあったと思います。もう曲ありきで、曲に対するアプローチとして正しければよくて。誰かが仕事してなくたっていいじゃないか、みたいなこともそうだし。たとえば、今回も、浮雲とあたしが楽器弾いてない曲があるとか、ピアノトリオだけでベーシックが進んじゃう曲があったりとか。そういうのも大人だからこそだと思いました。音楽的な面では、そういうのはあったかもしれないですね」

――やっちゃいけないことがなくなってるのはすごく感じますね。“孔雀”で始まって“一服”で終わる流れにも感じるし。言葉も、やっぱり音が呼んでるものだからそれを感じますけどね。お経から住所までなんでも出てくるし。音が自由な言葉を呼んでる感じがすごくしましたね。

「ああ、嬉しいです。リリックとかも含めた話をするならば、単純に我慢しなくてよくなったっていう感じが、自分の認識としては強くありますよね。音が呼んでるからって、今はまだこういうこと言っちゃいけないんじゃないかみたいな我慢が、自分なりの、なんていうのかな……充電というか。節電じゃないけど。若い頃の、20代の頃の我慢の中に含まれていたと思うから。素直にやってよくなったっていうのが、感覚としては正しいのかもしれないですね」

――音楽性が大きな意味で広がったんじゃないですかね。ジャンルが広がったってだけじゃなくて、伝えらえるもののレンジそのものが広がってるから、書いていい言葉も広がって、それぞれが新しいスタイルの歌になってるというか。

「そうですねえ。あんまり歌ものと思ってない分、余計にそうかもしれないですね。歌もの、歌謡になってなくてもいいから、ちゃんと情報をたっぷり入れたいっていう感覚ですよね。サビとか繰り返さないですしね。サビっていう概念とかも、まったく度外視しちゃってるから」

――歌ものっていうのを気にしてないというのは、すごいわかりますね。“銀河民”とかも笑いましたけどね(笑)。《「iPhoneを探す」ソフト使い始めようにも/あーんiPhoneが要ります》とか。

「そんな読み上げないで(笑)」

――いや、もう歌詞っていうレベルを超えた歌詞が増えてますよね。今の時代におけるミュージックって何かっていうのを、東京事変にしかできない形で表現している作品だっていう感じはしましたね。

「ああ、嬉しい」

――この『音楽』というフルアルバムを作ったということは、東京事変にとってどういう区切りになってくるんですか?ソロとの関係とかも含めて気になるんですが。

「ねえ? まあ……今回の閏年にできることとして想定していたプログラムは、『ニュース』と『音楽』だったんですけど、特に決めてないですね。ただ、初めから2020年限定とも申し上げなかったし。その、どうしようかなあという。いろんなお客さんがいらっしゃるから、あんまりこっちの希望で押しつけるつもりもないですし。やっぱり自然であることを好む人たちだから、無理やり強いるようなことはできないし、私もそういうの嫌いだから。そうならないような範囲で、必然性があれば、たぶんこれからもやるんでしょうね」

――そのお答えで十分です。まずは、このすごいアルバムを多くの人に聴いてもらいたいと思います。

「ありがとうございます」

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