2023年5月、1st EP『春めく私小説』でメジャーデビューを果たしたクジラ夜の街。高校1年のときに軽音部でバンドを結成し、以降「ファンタジーを創るバンド」として活動を続けてきた彼らが、決定的な楽曲をリリース。それが今回の“裏終電・敵前逃亡同盟”だ。ネガティブな思いにとらわれて終電を待つというシチュエーション。よからぬ思いも胸をよぎりそうなそのタイミングで、もしもこの曲が耳に飛び込んできたら──。そう、この楽曲は「逃げる」という選択をポジティブに提示してくれるファンタジーである。一聴して心が少し軽くなるような、クジラ夜の街だからこその見事なアンサンブルと歌が心に直接語りかける。
メジャーデビュー前からファンの間ではライブで人気の曲であり、今回は待望の音源化となる。この楽曲で描いたテーマや制作背景について、そして現在制作中だというアルバムについてもメンバー全員に語ってもらった。
インタビュー=杉浦美恵
ちょっとした命のやりとりみたいなものをあえて軽いタッチで描いて、「そこまで深刻に考えなくてもいいんだよ」っていうのを表現した
──“裏終電・敵前逃亡同盟”、すごくクリティカルな楽曲ができあがったと思います。宮崎一晴(Vo・G) ありがとうございます。この曲はメジャーデビューが決まる前からできていた曲で、ライブではおなじみの曲なんですけど「ファンタジーを創るバンド」として、より引き出しを増やしていきたいなという思いで作った曲でした。キラキラしているだけじゃなく、ちょっと影のあるところにもスポットを当てていきたいというのと同時に、音楽的な挑戦でもありました。こういうジャジーでチルっぽい感じのものにチャレンジしてみるのも面白いかなと。
──具体的にはどれくらい前にできた曲なんですか?
宮崎 2年くらい前ですかね。アコースティック編成でのライブがあって、そこでこの曲を初おろししました。それが2021年の夏とか秋、ちょうど今くらいの時期で。バンドでやるのはもうちょっとあとでしたね。
──ともすれば、すごくヘヴィなテーマとなるものを、肩の力の抜けたファンタジー曲に落とし込んでいるのがユニークですよね。
宮崎 そこはいつものクジラ夜の街といいますか。やっぱりギャップが好きなんですよね。すごく荒廃した都市にめちゃくちゃきれいな星空が広がってるような世界観とか、最高と最低が混ぜ合わさったものが好きなので、今回もこうした、ちょっとした命のやりとりみたいなものをあえて軽いタッチで描いて、「そこまで深刻に考えなくてもいいんだよ」っていうのを表現したつもりです。
──秦さんはこの曲、どう感じました?
秦愛翔(Dr) 僕も終電で、ああつらいなあって思ったり考えたりすることがあるので、もちろんそれで(命を)投げ出そうとは思わないけど、そういうときにこの曲がサブスクで聴けたらすごくいいなって思いますね。現代社会にぴったりだと思うし、僕もまたつらくなったら聴こうと思います。
宮崎 ああいう場所は人の心がシリアスになってしまいがちだけど、バックグラウンドでこういう曲が流れ出したとしたら、どんな深刻なことも笑えちゃうんじゃないかなっていう。そういうブラックジョークみたいな気持ちで作りましたね。
山本薫(G) 僕は最初に聴いたとき、悪魔のように何かが語りかけてくる感じとか、タイトルの“裏終電”とか、ある意味、これまででいちばんファンタジーを包み隠さず出してる曲だなという印象があって。自分のプレイで言うと、そういう悪魔のような何かがいるというのを表現したくて、重いテーマでありつつも、かわいげをどう出していくかというのを考えるのがすごく楽しかったですね。
佐伯隼也(B) 僕自身は正直、つらいなあとか思うことが全然ない人間なんですけど、この曲は初めて聴いたときからずっと好きで。2年間ライブでやり続けた曲がようやく音源化できるっていうのがすごく嬉しいです。
これがいつか主流になってくれたら面白いですね。常に「ブームを作りたい」ということを意識しているバンドなので
──2年経ってようやく音源化のタイミングがきたというのはどういうことだったんでしょうか。宮崎 佐伯さんとかはほんとこの曲が好きで、僕らのメジャーデビュー発表のタイミングで、デビュー作の収録曲を発表するときにも彼は、「“裏終電”が入ってないのが寂しいです」って言って変な空気になるっていうことがあったくらいで(笑)。1st EP『春めく私小説』に入れるかどうかはかなり悩んだ曲でもあるんです。でも僕としては、メジャーで華々しくデビューしたあとの変わり種というか、僕らの幅を見せるための、もう一段違った秘策として用意しておきたかったというのがありました。
──音源化するうえで、バンドサウンドのアレンジが変化した部分はありますか?
宮崎 ライブアレンジに関しては僕らの「いつも通り」で、ゆとりや隙間を持ってやっていて。曲として「頑張るな」というのがテーマなので、頑張らない感じの演奏をライブでは意識しているんですけど、レコーディングはその「頑張るな」というのを表現するために、いろいろ工夫しましたね。ベースに詰め物をしたりとか。
──詰め物?
佐伯 ベースの弦とボディの間にティッシュとかを詰めて、ちょっと音をミュートするというか。サスティンを抑える、音が伸びないようにしてブンッブンッブンッていう音を表現しました。
宮崎 ウッドベースっぽさもあるんですけど、それほどでなくてもいいなっていう、もっと乾いた感じでちょっと間抜けな音を出したいなっていうので、みんなで相談しながら音を探していきました。詰め物としてのティッシュも「もう1枚追加、もう1枚追加」とか言いながら(笑)。あと自分の歌も「そこでブレス入れる?」みたいなタイミングで入れたり。頑張って歌い上げるみたいなこととは違うなと思ったので、あえて気を抜いて歌いましたね。とにかく「頑張らない」というテーマに則して、肩の力を抜くというのはものすごく意識していました。自分の声は全編通してダブルにしているんですけど、それも人間味が出すぎないようにっていう。
──歌詞の内容に対してサウンドはどこか牧歌的で、その対比がすごくユニークなバランスで成立していますよね。
宮崎 スネアのスナッピーとかも、もうダルダルみたいな感じだったもんね。
秦 そうそう。リングミュートして、珍しくビンテージっぽいスネアの音を出して。そういうのも初挑戦でした。
──山本さんのギターがまた、いろいろなエフェクトで楽曲に表情をもたらしていると思うんですが。
山本 そうですね。今回は一晴のギターが入っていないので、サポートの鍵盤を含めて4人の音で構成されているんですけど、音数が少なくて、隙間を大事にしている曲なんですよね。でもスカスカになりすぎるのを防ぐために、ギターのリバーブとか、残響の具合は音と音との間が埋まるように調整したり。リバーブにしても、いつも足元はデジタルなものを使っているんですけど、この曲は他の楽器との馴染み方を考えて、アナログというか、テープエコーを使ってます。
──あと高田真路さんの鍵盤の音も、特に入りの部分はとてもユニークでした。
宮崎 そうですね。単純にビンテージサウンドみたいにしてもいいんだけど、あそこはフックになるものが必要だよなと思って、8ビットっぽい感じの絶妙な音から始めました。それがビンテージな音に変わったらミスマッチで面白いんじゃないかなと。8ビットサウンドは最近の音楽にはどんどん取り込まれていますけど、ビンテージサウンドとの組み合わせっていうのは、まだ僕は聴いたことがないですし。
──だから、この曲はジャンルは何?と言われると答えづらいところがあります。
宮崎 そこはほんとにクジラ夜の街っぽさというか。地下鉄を想像すると、電子音が鳴っているんだけど、トンネルの物々しさみたいなものを表現するうえではベストだったんじゃないかなと思いますね。ビンテージサウンドと8ビットサウンドっていうのは。意外とこれ掛け合わせられるんだなって。これがいつか主流になってくれたら面白いですね。常に「ブームを作りたい」ということを意識しているバンドなので。
──ホイッスルも入っていて。あれは秦さんですか?
秦 そうですね。サンバホイッスルを佐伯くんに誕生日プレゼントで買ってもらってたんですよ。僕は吹奏楽部だったので、当時はよくサンバホイッスルを吹いていました。今回、数年ぶりに吹く機会に恵まれて嬉しかったです。
──駅感がすごく出ましたね。
宮崎 そうですね。そう考えると駅っていろんな音が鳴ってるんだなあって。それがそのまま入ってる楽曲かも。駅ってほんと笛の音もあるし、人の雑踏もあるし、発車を告げるピコピコした音もあれば、電車の車輪が軋む音もある。あんなにいろんな音が鳴ってる場所って、もしかしたら他にないかもなと思うくらい。それを騒々しくなく、ちょっとだけミニマムに表現したのがこの曲なのかもしれないですね。