荒巻勇仁が作り出す新時代のポップソング――疲弊し傷ついた時代への鎮魂歌“群像劇”をひもとく
2023.10.25 18:00 [PR]
諦めることに慣れてしまった日常へ、気づきを与えてくれるナンバー。10月25日に配信リリースされた“群像劇”を聴くと胸がキュッとする。それは、疲弊し傷ついた時代への鎮魂歌のようだ。
2001年3月19日生まれ、福井県出身のシンガーソングライター、荒巻勇仁(あらまきゆうじん)。今年上京し、新生活を送りながら作品作りとライブ活動に明け暮れる毎日。そんな日々の生活から生まれた最新曲が届いた。自らの人生を俯瞰的に描き、内面の葛藤を浮き彫りにするポップソングだ。
ストリングスが揺らめくイントロダクション。優しい歌い回しで心と溶け合っていくボーカリゼーション。跳ねるビートと心地よいギターカッティング。その掛け合わせによるポジティビティが心にスッと入ってきた。
冒頭、小説のプロローグのような書き出しで楽曲は奏でられていく。
《- このまま君が辿る/醜く美しい人生の歩みを/書き記そう -》
そう、一気に日常へとズームするような印象だ。サウンドのファーストインプレッションは優しく揺蕩うように、耳心地のいい荒巻の歌声に魅了される。だがしかし、相反するように歌われる言葉は、内面の想いに気がつかないふりをしながら、上手に生きてしまう自分に対して皮肉をぶつけていく。
《どうせ、僕らの願いは叶わない/何処にでもあるような/ぬるい幸福の中/誰かを睨むだけの/何も変わらない日々を辿った/ひどく濁った群青だ》
それは、まるで人の生き様を浮き彫りにするドキュメンタリーのワンシーンのようだ。ふとした拍子に本音が溢れていく。鋭利なナイフで自傷するかのような心の痛みが切なくも狂おしい。
《綺麗ごとじゃ誰も救えない/殺されてゆく声も/横目に見過ごすのさ/命に価値をつけて/情けを募る優しい声も/何も聞こえない》
先行き不透明な時代。だからこそ求められる言葉の大切さ。令和に青春を送る世代へ向けられた応援歌のようにも聴こえてくるから不思議だ。マイナスからのプラスへの道程。現実や心の闇と向き合うことで言語化されていく心情。それを心弾むポップなアレンジメントによって、リアリティある重いテーマを飲み込みやすく表現していく。そして、《いつか過去になるだろう》と、優しく慰めるように諦めることを許容するシーンがハイライトとなる。それは、この複雑な社会を生き延びるための術だ。ラスト、クラップとともに人生を俯瞰的にとらえ、思いの強さを言葉にする様に鳥肌が立った。
《- 素敵な群像劇が/幕を下ろした後の世界の/主人公は君だろうか -》
まだ見ぬ明日へ問いかける一節から、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』のラストシーンが思い浮かんだ。終盤、シンジとマリが手をとりながら階段を駆け登り、駅の外へ走っていく、あの鮮烈なシーンだ。もちろん、荒巻の意図は違うかもしれない。だが、聴くものそれぞれの心情のスイッチを押してくれる楽曲こそが豊かな証明だ。
荒巻勇仁は、創作を通じて自らと向き合い、殻をうち破るために葛藤し続けている。不器用にも見えるその真摯な様は、多くの世代のリスナーからの信頼となることだろう。まだ大きくはないキャパのライブ会場で、荒巻の歌声に涙していたオーディエンスを僕は見逃さなかった。「どのあたりが刺さったんですか?」と、声をかけてみたかったけどできなかった。荒巻の作品は、磨けば磨くほどに輝くダイヤモンドとなる。来るべき時が来るまで、じっくりと活躍を見届けたい。(ふくりゅう)