──アルバムから先行配信された“合法パンチ”も、ヒップホップもロックもダンスミュージックも内包したサウンドと、世の中への問いかけを投げ込むような内容の歌詞が本体としてあって、そこにメロや言葉や動画の見せ方でキャッチーさがトッピングされている、という紫 今節が詰まった曲だと思うんですけど、これはどうやって生まれたんですか?SNSで発信していると、いろいろ来るわけですよ。「それ、合法パンチだよ」みたいな言葉が盾になったらいいなと思いますね
ネット用語で「正論パンチ」ってあるじゃないですか。それって「正論だけど痛いよね」ということだと思うんですけど、「合法パンチ」は「合法だけど痛いよね」っていうことを指していて。ギリギリ誹謗中傷には当てはまらないラインの言葉でも痛いものって、ネットにたくさんあるじゃないですか。開示請求とかが増えたからこそ、訴えられないようにまわりくどく悪口を言う人が増えていて。
──「これは意見です」「意見も言っちゃいけないんですか?」みたいなね。
そうそう、「あくまで批評です」「アンチじゃないんですけど」とか。「ブサイク」って書き込んだらアウトだけど、「そんなに可愛いと思わないんだよね」とか。でも言葉の火力でいったらあまり変わらないじゃないですか。それを「合法パンチ」というふうに表現しました。
──面白い。すごくキャッチーな言葉を発明しましたね。
合法パンチを書き込む人が、最初は正義感でやっていて、賞賛されたりするんだけど、気づいたら自分が叩かれて炎上しちゃって、トレンド入りして、結局は開示請求されて……ってあるじゃないですか。現実ではレッドカードを出せないことのほうが多いけど、音楽の中では「調子に乗っているとこういうこともありますよ」というイエローカードを出せるかなって。1番は「合法パンチ」を書き込んでいる側の立場で歌ってて、2番からは「合法パンチ」をされた立場の人で「合法パンチには合法で戦います」と開示請求までするっていう。現実的にはやり返せない状況のほうが多いけど、曲の中でくらいは成敗したい気持ちもあったし、「気をつけようよ」という警告をユーモアも交えつつ表現した曲になってます。
──今さん自身が合法パンチされた経験から書いているということですよね。
SNSで発信していると、いろいろ来るわけですよ。でもみんなすり抜けるのがだんだんうまくなってきているなと思って。この曲を出しただけでも「悪いことは言っちゃいけないんですか?」「言論の自由があるのにいいことしか言っちゃいけないの?」「批評と批判は違いますよね」とか来るんですけど、「批評」とか「言論や表現の自由」という言葉を盾になんでもかんでも言っていると危ないこともあるから気をつけようよって。合法だったらいいわけでもないから、みんな自分の中で言葉選びに気をつけられたらいいよねっていう気持ちもあります。自分がよくないと思ったことを、相手のことを想って、思いやりを持って言葉変換して、何十字も書き込むのって、本当はめっちゃめんどくさいじゃないですか。だから手軽に打ってるということは結局、合法パンチなんですよ。合法パンチが減ったらいいなという気持ちもあるし、「それ、合法パンチだよ」みたいな言葉が盾になったらいいなと思いますね。
──“青春の晩餐”は初ワンマンの1曲目に披露された曲ですけど、ライブを意識して作ったものですか?SNSを意識してないような曲を増やしていきたい気持ちもありつつ、それをポンとリリースしてヒットするような世の中だったらいいですけど、あと数年はないんじゃないかな
いや実はこの曲、歌詞とコード進行と構成そのものは高校生くらいのときに弾き語りで作ってました。初めてDTMで完成させたのは“ゴールデンタイム”なんですけど、それより前なんじゃないかな。それをこのタイミングでちゃんと編曲して出しました。
──これはライブハウスに収まりきらないくらいのスケール感を持ったスタジアムロックで、そう感じさせるいちばんの要因はやっぱり今さんの歌唱で。
歌の上手さって、いろんな技術の種類がありますけど、これはLINDBERGさんとかその時代のパワフルで真っ直ぐで迫力のある、腹から声を出すような歌唱が求められる曲だと思っていて。言っちゃえば、暑苦しいですよね。アツさがキーワードの曲かもしれないです。今の日本の新人アーティストの中で、力強い歌声の人はいると思いますけど、暑苦しい人はそんなに多くないと思うんです。だからそこを強みにしていきたいなという気持ちもあるし、私がいいと思っている音楽の血を自分が受け継ぐことで流行らせることもできるのかなって。私はこの暑苦しさがすごく好きだし、今必要なものなんじゃないかなと思ってやっていますね。
──その想いが集結して、さらに進化版みたいな位置にあるのが“革命讃歌”でもあるのだろうなと。
そうですね、これは行くところまで行った感じが自分の中でもあります。意外と歌詞で自分の信念を真っ直ぐ歌った曲がなくて、“合法パンチ”、“凡人様”とか、ひとひねりあってブラックジョークが効いているような表現が多かったんですけど、この曲はストレートな自己啓発というか。私がこのまましゃべってるような曲ですね。ファンの人や世間に対して、私はアーティストとしてすべてを捨てて音楽だけをやっていくんだという覚悟と決意を表明した曲になってます。「紫 今ってどういう人かわかんない」という人も、これを聴いてもらえれば「紫 今ってこういう考え方でやってんだ」ってわかると思います。
──《時代が私を笑うならば/創ってみせよう新時代》などの言葉をアンセムに仕立てて、すべてを懸けて革命を起こすのだという決意表明がかっこいいです。そしてこのアルバムにはもうひとつ、“最愛”があります。
この曲は、私の中でひと殻破った曲で。この曲も“革命讃歌”とは違うストレートさがある。というか、ノンフィクションなんですよ。私が別れを経験したときの感情を嘘偽りなく書いた曲だし、レコーディングのときは病めるように、部屋を真っ暗にしてエアコンの温度を下げて歌いました。めっちゃバッドに入った状態で、もう何も考えずに、2、3回だけ歌って、そのレコーディング音源のまま収録されていて。生々しい表現力というか、ただ泣きながら歌ってるみたいな。これまではあまり崩しすぎないように最低限の歌唱力をキープしたままやっていたんですけど、この歌詞の心情の人間が歌をうまく歌えるはずがないから、この曲ではそれをやったら嘘になっちゃうと思って、自分の中で粗いなって思うところもちょっと声が苦しそうな部分もそのままにしました。
──アルバムの中でもめちゃくちゃインパクトのある曲だと思いました。
リアリティがあるから、あまり街とかで流れてほしくないし、TikTokでバズったりもしてほしくない(笑)。刺さる人には刺さる曲だと思うので、そういう人に届いたらいいなっていう曲ですね。あとはピアノ1本でここまで心の深いところを引っ張り出して表現するって、結構難しいと思ってて。私もこの領域に達するまで、すごく努力してきたんですよ。そこを出したいなという立ち位置の曲でもありますね。これって、浅い感情しか経験してなかったら浅い感情しか出せないし、深い苦しみを経験していても、それを100%出す実力がないと出せないから。その実力がちょうどできた時期と経験が重なったからこそ生まれた曲だなって思います。
──ひとりの人間としての経験と、ボーカリストとしての表現力が集約された、今さんの歌の現在地が見えるとも言える曲ですね。
そうだと思います。でも“最愛”と“青春の晩餐”を混ぜたのが“革命讃歌”みたいなところもあるんですよ。“青春の晩餐”で「行くぞ」って言ってる気持ちと、“最愛”で「行けない」って言ってる気持ちをひとつの曲でやったのが“革命讃歌”。だからその2曲を経て“革命讃歌”で終わるっていうのが「私の人生」みたいなアルバムになっていると思います。
──“革命讃歌”は、何かの始まりも予感させる曲で「この先の紫 今はどうなるのだろう」という期待もさせてくれる終わり方になっていると思うんですけど、次は何を見据えていますか?
どうなっていくんだろう……それこそ新曲4曲みたいにライブを意識した曲や、SNSを意識してないような曲を増やしていきたい気持ちもありつつ、それをポンとリリースしてヒットするような世の中だったらいいですけど、あと数年はないんじゃないかなって思っているので、そこにたどり着いてもらうための入口になるような曲も書き続けていきたいなと思うし。どっちかだけをずっと書いていたら飽きちゃうので、どっちも交互に書いて曲を増やしていく中で、もしかしたら何かの機会で“最愛”みたいな曲が多くの人に聴かれることもあるのかもしれないですし……先のことは読めないですね。わからないなと思いつつも、どれも手を抜かずに、全方向でひたすら頑張っていきたいなと思います。これまでは「このタイミングでこういう曲を出して」みたいなストーリーをある程度考えていたけど、1stアルバムで第1章は完成したのかなと思っていて、ここからの未来に関しては、どれだけ自分が進化していけるのか、革命を起こしていけるかだと思っています。