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    【特集】サザンオールスターズ、桑田佳祐が「音楽」と「言葉」に込めた想い──『THANK YOU SO MUCH』全曲徹底レビュー

    ⑧史上最恐のモンスター

    アルバム後半の入り口に配置されたのは“史上最恐のモンスター”。最も波紋を呼びそうな収録曲がこれだろう。ジョン・レノン“マザー”風の、美しくも不安感を滲ませた幻惑的な曲調で進行するのだが、歌詞の内容は抽象的で謎めいたところがあり、解釈は触れた人それぞれに分かれそうだ。

    冒頭部分は、近年厳しさを増すさまざまな自然環境や災害に嘆いているように思えるが、桑田は《人の欲望は深くて/いつもBlind》と歌い、そんな災害は《人間が生んだモンスター》だとしたためている。つまり、今日の社会に降りかかる困難は人の行いが要因のひとつでもあることを仄めかしているのだ。《お怒りになった龍神さん/お止めになって雷神さん》は水害や落雷による火災についての喩えとも取れるが、穿った見方をすれば津波と発電所である。《あゝ ウクライナの春は待ちぼうけ》に至っては、ズルズルと泥沼化してきた停戦交渉を挙げるまでもなく、戦争という人類の愚挙について溢れ出した思いだろう。

    ⑨夢の宇宙旅行

    ロケットエンジンの噴射音から始まる、煌びやかなブギーロック“夢の宇宙旅行”。これはサザン流の『老人と海』である。昭和の少年たちにとって、日々の宇宙開発のニュースが夢見させる宇宙旅行は近未来の希望(たとえそれが東西冷戦下の軍事利用目的による副産物だとしても)であった。

    《御守りはIggy Popのサイン》《虚しいだけの人生なんて/おサラバ!!/惨めなだけの恋愛なんて/ザケんじゃねえ!!》といったふうに、宇宙旅行はロックバンドと同等かそれ以上に、しがない現実を越えてゆくためのモチベーションだった。ところがこの歌の終盤、ワクワクの宇宙旅行を体験していたはずの年老いた少年は、夢から醒める。そこには当然「こんなはずじゃなかった未来」として現実が広がっているのだが、《目の前に大谷翔平のサイン》があった。誰もが夢見ることすら叶わなかった今を生きている、若きスーパースターの肖像。現実はときに、かつての夢の風景さえも追い越してゆくものなのである。

    ⑩歌えニッポンの空

    ルンバのリズムとサーフサウンドを融合させ、優しく穏やかなポップソングとして制作された“歌えニッポンの空”は、2023年8月、前作“盆ギリ恋歌”からショートスパンで届けられたデジタルシングル曲。

    1コーラス目の歌詞では《ここで生まれて育って/夢見ることを学んだ》と桑田が自身の故郷・茅ヶ崎のことを歌っている(直前の歌詞に出てくる『浜降り』とは、近隣の神社がこぞって参加する古くからの祭礼「浜降祭」のこと)のだが、2コーラス目になると新たに生まれくる命の祝福や、現世から旅立ってしまった大切な人の姿を重ね、リスナーがそれぞれの故郷に思いを馳せる楽曲となっている。同年に開催された「茅ヶ崎ライブ2023」の野外パフォーマンスに向けたテーマ曲であることはタイトルからも明らかなわけだが、あたかもスペイン語の間の手のごとく景気よく弾ける《ありがとう!!》に、命を育み、そして見送る我々の故郷ニッポンへの感謝の念が見事凝縮されている。

    ⑪悲しみはブギの彼方に

    故郷やルーツへと寄せる思いがさまざまな形で顔を覗かせる『THANK YOU SO MUCH』だが、サザンのデビュー前に制作されながらこれまで音源化されていなかった“悲しみはブギの彼方に”は、まさしく過去に直結する驚きの1曲である。

    トロピカルなニュアンスを含みながらスウィングするグルーヴは、テクニカルで滅茶苦茶にかっこいい。彼らが若かりし頃から如何に野心的な楽曲制作を行っていたかがよくわかる。《雨が降らないと 米食えない》という歌い出しの歌詞は、本来ならソウルフルに発語するユーモラスな桑田節にニヤリとするところだが、まるで令和の米騒動を予言していたかのようにも聴こえてギョッとしてしまう。《ちょいとお待ちよ 車屋さん》は、1961年に発表され人気を博した美空ひばり“車屋さん”の引用。洋楽ルーツと邦楽ルーツが大胆に交わるさまも面白い。

    ⑫ミツコとカンジ

    色恋沙汰の泣き笑いを描かせたらやはり桑田佳祐は天下一品、トボケた哀愁を振り撒くリズム&ブルース“ミツコとカンジ”は、ある年代以上の人なら一瞬のうちに、とある昭和のビッグカップルを思い浮かべるだろう。

    歌詞のストーリーは、カンジ目線で離別の悲哀と強がりを歌いながら進行してゆくのだが、あの元気があればなんでもできるはずの燃える闘魂が《カラダの傷など/Oh oh/ナンにも怖くはないが/ただ心の痛みに震えてる》と弱音を晒すので、情けないやら、「意外とそうかも」と納得してしまいそうになるやら、下世話な興味を掻き立てて止まない架空ストーリーの手捌きに唸らされる。楽しそうに歌詞をしたためる桑田の姿が目に浮かぶようだ。《闘いの大海原で/あの子の顔が/チラついたら/チョップ食らったよ》。食らわせたのは天龍かムタか。プロレス史もびっくり仰天、そんなストーリーの真相は今、星になって夜空に輝いている。

    ⑬神様からの贈り物

    《ニッポンの夜明けは暗い/でも先人は凄い/ポップ・ミュージック我々に/教えてくれた》と歌われる最初のセンテンスから、『THANK YOU SO MUCH』の特設サイトやオフィシャルトレイラー映像にも躍る最終センテンス《あの歌と出会い/あなたがいれば/何にも怖くない》という確信に満ちた結論に至るまでの、遥かなる道のり。僅か数分間のポップ・ミュージックは、その歴史の中で、どれだけ多くの人の心持ちをこんなふうに魔法のようにガラリと大逆転させてきたのだろうか。

    華やかで力強いフィリーソウル風の“神様からの贈り物”は、サザンというグループが約半世紀をかけて辿り着いた率直なメロディとメッセージ性をもって、ポップ・ミュージックの「世界を変える」瞬間へとリーチしてみせる楽曲になった。《薔薇色のニュース/わかれうたはブルース/そんな日もあるでしょう》という一節が引っ張り出す記憶は人それぞれだとしても、その先の「今」を生きる我々をポップ・ミュージックが平等に照らしてくれるという事実を、サザンはよく知っている。《天使のように/翼が生えたみたいさ/神様からの贈り物/極上のメロディ・ライン》。『THANK YOU SO MUCH』という、一見素朴なアルバムタイトルに込められた真意はなんだったのか。それは、我々と同じように素晴らしいポップ・ミュージックに心をときめかせ、いくつもの冷たい夜を潜り抜けてきたサザンが、ポップ・ミュージックを育み共有させてくれる文化土壌すべてに寄せる感謝の思いだったのではないだろうか。

    ⑭Relay〜杜の詩

    最終トラックとして配置されたのが、現代の祈りのような厳かなクワイア“Relay〜杜の詩”である。極めて具体的なメッセージ性を宿した楽曲であり、サザンが数多くの作品を生み出してきたビクタースタジオにも程近い明治神宮外苑の再開発事業についての問題提起となっている。

    サザンと同時代に活躍してきた故・坂本龍一は他界する間際までこの社会問題に熱心に取り組んでおり、《ピアノの音色が今も胸に響く/コミュニケーションしようと》という一節が、思いのリレーを繋いでいる。《いつもいつも思ってた/知らないうちに/決まってる》。必要なのは対話であるということ。だからサザンはこのメッセージを美しい楽曲に乗せた。未来に託すバトンが、あらためてアルバムの余韻と化すようだ。


    企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部


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