星や宇宙のイメージを随所に織り込んだロマン過積載状態の歌詞を、オルタナサウンドの切迫感とともに響かせてきたヤマトは、新作EP『尊い偽星』にどんな想いを託したのか。自身が「星」を描き続ける理由から、“還らざる光”の意外な制作プロセス、再録&収録された“天王寺減衰曲線”の成り立ちに至るまで、ヤマトの「今」と「原風景」が鮮明に浮かび上がるインタビューになった。
インタビュー=高橋智樹 撮影=是永日和
偽物の星でも、星っていうだけで尊い。そういうものが一個一個あるから世界って面白いんじゃない?って
──今回の『尊い偽星』だけでなく、PK shampooはインディーズ時代から、アルバムでもシングルでもなく「EP」というパッケージでのリリースが印象的なんですけども。4〜5曲のEPだと作りやすい、みたいな感覚はあるんですか?
まあ、僕が全然制作に着手しない、っていうのがあると思うんですけど(笑)。もちろん、曲をたくさんバンバン出せたほうがいいと思うんですけど……『何を歌うべきか』とか考えずにポンポン出して、当たれば当たった、ダメだったら次、みたいなやり方が、自分の性分に合わないというか。どういうテーマをもって、どういうことを歌って──とか、そんなことを勝手に気にしてしまう性分なので。半年に2曲、1年に3〜4曲ぐらいっていうのが、わりと限界かもしれないですね。
──なるほどね。シングルみたいに「楽曲タイトル=作品名」の形ではなく、EP独自のタイトルを立てているのは?
今回だと『尊い偽星』とか、今までだと『再定義 E.P』とか──僕の場合、タイトルを先に決めて、そこに向かって投げ込んでいく、みたいな感じで曲を書いていくことが多いんで。全部の曲がビタッと同じ世界観を歌ってるわけではないにせよ、通底してるテーマとしてタイトルの言葉があるっていうのは意識してやってますね。というか、そうしないと──これは別に、大層な世界観を作りたいからというよりは、せめてそういう一言でもいいからテーマがないと書き出せない、筆が止まっちゃう、みたいなところがあるので。一個でいいからお題が欲しいというか、こういうイメージでっていうのは先に決めてから作りますね。
──『尊い偽星』は「犠牲」と「fake star(偽物の星)」を重ねた意味深なタイトルですね。
今までいろんな曲を出してきた中で、曲のタイトルとか歌詞にも「星」とか「宇宙」が頻出してて。それってなんでだろう?って。実際、僕はそんなに天体にめちゃくちゃ興味があるわけでもなければ、宇宙飛行士に憧れてるわけでもないし。そもそも目が悪いんで、星とか全然見えないし。めっちゃ乱視なんで(笑)。今まではそれを取材とかで尋ねられるたびに、答えに窮してたんですよね。レトリックの一種として、自分の日常のささいなリアリズムと対比させるために、大きな宇宙とか、遥か向こうにある星とか惑星のことを書いて、そこに立ち現れるギャップを狙ってるんだ──的なことを話してたこともあったんですけど。最近ちょっと、いろいろ取材とかを受けていく中で思い出したのが、自分の名前のことなんですよね。
──名前?
僕、母親はもう亡くなってるんですけど。保育園とかに通う時って持ち物に名前を書くじゃないですか、上履きとか。母親が僕が文字をちゃんと読めるかどうかが不安だったのか、僕の持ち物すべてに名前と一緒に星マークを書いてたのを思い出したんですよね。そういうのを一個一個思い出していった時に……いろんな自我とかアイデンティティを確立する前の前の段階で、自分の名前として星を認識してる、みたいな部分があったような気がしてるんですね。《星になれたなら》(“星”)とか、歌詞でも言ってきましたけど、僕はたとえば世界的なロックスターになりたいとか、国内だけでもチャート1位を獲りたいとか、そういう感覚になることも全然ないですし。僕は偽物かもしれないですけど、マジックで雑に書いた星でもいいから、そういうものであり続けたい──それはある意味「自分自身であり続けたい」みたいなことですよね。それを世間に向かって「俺はヤマト、ロックスターなんだよ」って言うと、おまえなんか全然ロックスター然としてねえじゃん、ただのひねくれ大学サークルノリ延長おじさんじゃん、っていう話になるかもしれないですけど──。
──(笑)。
そういう複雑な話で、一言で言えるような問題ではないんですけど。俺はもう偽物の星でいいやって。クリスマスツリーのいちばん上にちょこんと乗ってる作り物の星でもいいし。夜空を横切る流れ星だって、あれは何かの破片とかゴミだっていうし。そういうものでも構わないっていう想いはずっとあって。流れ星みたいに消えてしまう星でも、クリスマスが終われば片付けられて埃まみれの偽物の星でも、星っていうだけで尊いっていうか。そういうものが一個一個あるから世界って面白いんじゃない?っていうようなことを──最初からそこまで大層な想いを持ってたわけではないですけど。まあ、僕自身が存在していくうえで、そうとでも言ってやらないと自分がかわいそうだなって(笑)
酔っ払ったおっさんがスナックで歌える歌謡曲ってどんなんだろう?と思って“還らざる光”を作り始めたんです
──“還らざる光”は、メロディの存在感とオルタナバラード的な音像とのバランスが絶妙な楽曲ですよね。
自分でもそう評したことがあるんですけど、今までの曲に対して「いい意味で歌謡曲チックだよね」みたいに言っていただくことが多かったんですね。たぶん「メロディが立ってるね」っていう意味だと思うんですけど。実際に僕自身、そこら辺のスナックとかで、いわゆる歌謡曲を歌った時に、自分の曲とは全然作りが違うなって思ったんですよ。歌謡曲ってやっぱり老若男女みんな歌えるメロディを指すんだと思うんですけど。僕の曲って変な半音が使われてたり「このコードにこのメロディを当ててくるか?」みたいなことをやってる曲が多くて──。
──イントロのアルペジオからそうですよね。
そうなんですよね。それを自分でも、たとえばライブで歌おうとした時に、声が出ないとか「跳躍が多くて歌いづらいメロディだな」って思うことがいっぱいあって、やっぱり歌謡曲チックではないよなあって。酔っ払ったおっさんがスナックで歌えるような曲ってどんなんだろう? そういうのを作りたいなと思って作り始めたんですよね、キーを下げて。僕は最初、サザン(オールスターズ)の“TSUNAMI”を作ろうとしたんですよ。ギターの(福島)カイトに「Logicで“TSUNAMI”のカラオケを打ち込んで作ってくれ」って丸投げして、その上に俺が“TSUNAMI”ではないメロディを書くっていうのをやってみたら──完全な“TSUNAMI”ができちゃって(笑)。僕たちの耳に馴染みすぎちゃってて、2〜3箇所変えたぐらいでは全然“TSUNAMI”なんですよ。
──確かに。脳内“TSUNAMI”補正が勝手に働きますからね。
そうそうそう。“TSUNAMI”じゃないメロディが来ると、「え、“TSUNAMI”じゃないじゃんこの曲。最悪!」ってなるんですよ(笑)。で、こりゃダメだってなって、どんどん変えていきつつ、その間に別の曲をリファレンスにしていって。ギターのストロークから入ってみようかとか、くるりの“東京”っぽくしようかってやっていったら、また「くるりの“東京”じゃねえか!」ってなって(笑)。そういうリファレンスをたぶん10曲20曲ぐらい録って作ったっていう、初めての曲ですね。今まではもう、完全に僕がゼロからコードから組んだりしてやってたんですけどね。「ここまでやると歌謡曲から外れすぎるな」とか「でも、歌謡曲の中に入りすぎると、今までのディスコグラフィと乖離しすぎるんじゃないですか」とか……。だから、めっちゃ時間かかりましたね。歌詞もそうですし。でも、その甲斐あって、聴いたことあるようでないようで、懐かしいんだけど聴いたことない、みたいな曲になりました。実際には使ってないけど、ある意味AI的というか。AIに画像作ってもらうと、見たことある顔だけど、誰だかわからない、みたいな顔ができてくるじゃないですか。それに近いような──すごくポップでもあるし、音域も歌いやすく狭めてもあるんだけど、ロックンロールバラードなのかと言われると、オルタナっぽさもあるし、みたいな。言われてみればくるりの“東京”っぽくもあるけど、どれに寄ってるわけでもないし。今までのPKっぽさもあるっちゃあるんだけど……不思議な曲になりましたね。
──実際、今の話を聞くまで、“TSUNAMI”っぽいとも“東京”っぽいとも思いませんでした。
そうですね。むしろ消したので。
──「“TSUNAMI”っぽい曲もPK shampooがやると別物になる」みたいなことでもないですからね。マクドナルドが作れば全部マクドナルドの味、っていうのとは違うという。
(笑)。もちろん、僕なりのコード進行があってのことではあると思うんですけど。そこに、いちばんわかりやすい曲を当ててみたらどうなるだろう?っていうことを、歌詞も含めて半年ぐらいやってましたね。ドラムとベースを録って、次の日にギター録るっていうその当日まで「いや、これ面白くないんじゃないか」「ここまでやっちゃうとポップだけどダサいでしょ」みたいなことをやってて。「おまえ、今年売れようとしてんのか?」「いや、売れようとして何が悪いねん!」って(笑)。いろんな意味でのセッションからできあがった曲でしたね。