世の中の補助席に座らせてもらってる感じ
──“セブンティーン”は、ライブで初めて聴いた時、すぐ覚えました。ああ、木下(理樹/ART-SCHOOL)くんの生誕イベントで初めてやったんですよね (2023年10月15日Zepp DiverCity(Tokyo))。歌詞はもう、ただ木下くんの悪口を言ってるだけの(笑)。
──あ、そうなんですね。《くだらない 君が好きだった/つまらない 君が好きだった/だらしない 君が好きだった/カネのない 君が好きだった》で始まって、《破滅する とこが見たかった》と続く(笑)。わりと長い間、昔から見てるから。一回ドロップアウトしたところも含めて、シンパシーがあって。「お帰り」っていう気持ちも込めて、書いたんですけど。
──この曲だけじゃなくて、強いリリックがたくさんあるアルバムだなあと。ありがとうございます。最後の最後に歌詞を書き直したりとかするけど、二個浮かんだら、やっぱ強いほうを選ぶ、みたいな。そういう、自分の決勝戦に残った言葉になると、やっぱりどうしても強めになってくるかもしれないです。
──今の世の中に向けて放つべきことは、これなんじゃないか、みたいなのもあります?いや、世の中にもの申すなんて、とんでもないっていうか。なんか、いさせてもらってる、世の中の補助席に座らせてもらってる感じなんで。だから、世の中に言いたいこと、ないですけど⋯⋯でもやっぱり最近、YouTubeとか観ていても、いろんな人がいろんなこと言ってんな、って思うので。これを全部咀嚼して考えるのって大変すぎるな、って。そこで自分の意見を持って「僕はこうだと思うんですよ」って言うのは無理だから、その時に感じた違和感とか、「わからないな」っていうことを、普通に出してる感じだと思うんですけど。ただ、前のアルバムは、その前にコロナがあったじゃないですか。だから、縁側で世の中を眺めていたら、みんなが縁側に来ちゃったから(笑)。外に出ないでお家にいましょう、っていうので。
──(笑)。そうでしたね。その時はさすがに「来ないで!」と思って、ちょっと感情が出たかもしれないです。歌詞とかが、ちょっとエモーショナルになった。で、今回は正常に戻ったというか。あの、前に⋯⋯再始動した時の『Hurt』ってアルバム(2014年)の“Stop Brain”に、《思考停止が唯一の希望》って歌詞があるんですけど。
──はい、憶えてます。あの歌詞、「これはひどいな」と思いながら書いて出したんですけど。風の噂で、「兵庫さん(インタビュアー)が、いいって言ってくれてたよ」って聞いて(笑)。嬉しくなったことを思い出しました。そんなわけないじゃないですか、だって。
──でも、その通りでもあるじゃないですか。そうかな⋯⋯僕の中では腑に落ちるんだけど、人に言って賛同を得られることではない。それを「こんなこと思っちゃったから、歌っちゃおう」みたいな。昔から、そういう性格の悪いところで、頑張ってきたんで。普通だと「これは言わないほうがいい」と判断するところを、言っちゃおう、みたいな。最初からそうだし。“明日を落としても”とか(最初にインディーリリースした1999年のミニアルバム『Free Throw』の収録曲)。
──《明日を落としても誰も/拾ってくれないよ/それでいいよ》ね。反則から入るというか。それがずっと、自分の持ち味。って、自分で言うと恥ずかしいですけど。
──あの曲を書いたのって、20代前半でしょ。そうですそうです。
──今は?53です。ヤバっ! 引きますね。
──一貫してますね。だから、たとえば、兵庫さんも宮本(浩次)さん好きで、ずっと聴いていると思うけど。宮本さんは、やっぱりちゃんと人生を描いているじゃないですか。歌ってることが極端だった時代もあるけど、ちゃんと大人になっていく、っていうか。歌っている人が歳を重ねていくのと同時に、聴く人も歳を重ねていくわけで、社会人としての人間ができあがっていくじゃないですか。だからその時の歌が、聴く人に寄り添えるんだと思うんですよね。そこで突飛なことを言っても、市井の人たちに響かないと思うし。でも俺は、そもそも最初の成功体験が「変なことを言う」なので。性格悪いとこで頑張ってきたから。
──思い出した。昔、エレファントカシマシのカバーアルバム(※2003年リリース)に参加した時、選んだ曲、“遁世(白昼夢ver.)”でしたよね。(笑)。はい。
──《これから先は死ぬるまで/表へ出ないでくらす人。》。ここでも一貫してますね(笑)。だから、そこに殉じようかなっていう。捧げてしまおうかな、って思ってます。
ライブをやることとか、音楽を作ってることが、いまだに自分の中で非日常なんで
──僕が最初に五十嵐さんにインタビューしたのが、『COPY』の時だから、25年前か。28歳の五十嵐隆が歌うこういう歌と、今、53歳の五十嵐隆が歌うこういう歌、どっちが重いか、っていうと──。ヤバいですよね。ねえ。
──ほかにいませんよね、こんな人。でも、べつに無理してないから。
──これ、まだsyrup16gに出会っていない、若い世代にも刺さると思うんですよね。五十嵐隆がずっとここにいて、こういう曲を作っていることを知らない人たちにも。解消されることがないのかもしれないですね。なんか、昔モテなかった人は、ずっとモテたくて、ずっと頑張れる、って聞いたことがあって。「モテなかった!」っていうことに執着して。だから、若い時にこじらせて、ずっとこじらせ続けてはや30年ぐらい、なのかな。
──そこで丸くなったりトゲがなくなったりしないまま来ているのが、すごいなと。まあ、成長というものがない。人としても、演奏者としても。そういう意味では、パンクとかロックとかって、いい言葉ですよね。楽ですね。ずっとその感覚、その衝動でやれているから。1年に何十公演とか、いっぱいライブやってたら、それが生活になっちゃうけど、そこまでやってないから。ライブをやることとか、音楽を作ってることが、いまだに自分の中で非日常なんで。アマチュアリズムが保たれるというか、良くも悪くも⋯⋯絶対悪くもだけど。でも、ものづくりに関しては、フレッシュでいれるかなと思う。仕事じゃないから、音楽が。
──ライブに関しては、もっといっぱいやってもいいんじゃないか、と僕は思っているんですが。そうすると音楽が日常になってしまう?ちゃんと自分の中に歌うことがあって、その言葉にちゃんと体重が乗っかるようにするために、今ぐらいのペースのほうがいいんじゃないかと。量産体制みたいなことじゃなくて、一曲一曲と向き合って作っていけるほうが、俺も、聴いてくださる方も、幸せなんじゃないかって。自分はそんなに引き出しがあると思ってないから。特に言葉に関しては、量産すると、相当ひねり出す感じになっちゃうかな、という。アルバムのラストの”Perfect Voice”、いちばん最後に作った曲なんですけど。自分の中にいろんな声があって、世の中にもいっぱい声があって、自分の中でいちばんパーフェクトな、自分の心の声を、歌いたいな、出したいな、それを求めてる人がいるかな、と思って。完璧というか、真摯なとか、自分の中でちゃんと血が通った言葉でできるように、とは思ってますけどね。