たとえば、音楽を聴いて「やりすぎだ」と感じる時、私たちは何を基準にしているのだろうか? 分厚いギターの上を声が駆け上がる。弦の音がぐっと迫ってきたと思えば、ファルセットがふわりと身体を浮かせ、ようやく着地した先には、もう次の展開が待っている。Mrs. GREEN APPLEの『POPS』には、そんな場面がいくつもある。そう、いくつも。音も感情も、たっぷり盛られている。このこってりとした濃度を心地よく浴びる人もいれば、少し離れて聴きたくなる人もいるかもしれない。ハイカロリーの先に、ギラギラと輝く人間らしさを見出す人もいれば、あまりのドラマ性に少し休みたくなる人もいるかもしれない。
筆者は、その分岐にこそ興味がある。音数の多さや歌唱の技巧を挙げていけば、「やりすぎ」の理由はいくらでも説明できる。それでも、同じ音楽が豊かさとして賛辞を生んだり、くどさとして否定を生んだりする──まさに彼らが、「みんなが聴いているから好き?」「みんなが聴いてるからダサい?」「音楽の価値は何で決まる?」といった挑発的な広告を、リリースに合わせて展開したように。
それにしても、この16曲を通して聴いていると、音楽の仕組みを掴むより先に、身体が運ばれていくような感覚がある。込み入った音の動きを追ううち、表情を変え続ける大森元貴の声へと耳が向かい、次の展開へ強引に連れていかれる。音の複雑さと、それを受け取る身体のあいだ。そこには、どんな関係があるのだろうか。
(以下、本誌記事に続く)文=つやちゃん 撮影=村田一樹
(『ROCKIN'ON JAPAN』2026年12月号より抜粋)





