メンバー構成で言えば、名曲“I’m Not in Love”や、『オリジナル・サウンドトラック』『びっくり電話』といったロック名盤を生み出した1970年代のオリジナル・10ccと現在の10ccは大きく掛け離れていて、当時のメンバーはグレアム・グールドマン(Ba/G/Vo)一人しか残されていない。オリジナル・10ccは優れたソングライター・チームでもあり、作曲の才能がせめぎあうような、緊張感溢れる化学反応こそバンドとしての持ち味でもあったのだから、現在のバンドはまったく違う力学で活動していると言ってもいいだろう。ただ、2012年の40周年ツアー以来の5ピースであり、ポール・バージェス(Dr)やリック・フェン(G/Vo)といった後期10ccを支え続けて来たメンバーを擁する現在の10ccは、何よりもベテラン・ミュージシャンたちが技術と経験を注ぎ込む、「最高の遊び場」なのだ。その楽しさは格別なものだった。1/21の大阪、そして1/23・24の東京、各日2公演のビルボードライブ。その最終日1stステージの模様を、レポートしたい。
前線のステージ上手側から、ギターを握るミック・ウィルソン(G/Vo/Perc)、グレアム、リックの3人が前線に並び、背後にはポールとキース・ハイマン(Key/Vo)というポジションで“The Wall Street Shuffle”からパフォーマンスがスタート。玄妙なコード進行と転調を力強くグルーヴさせ、終盤にはリックの鮮やかなギター・プレイも冴え渡る。楽曲によって担当パートは流動的であり、ミックがパーカッションへと専念したり、キースが前線に出てきてベースを奏でたりと、マルチ・プレイヤーぶりを見せつけてくれる。プログレばりに練り込まれたメロディを、AORのように軽やかにクッキリと届け、めくるめくハーモニーを繰り広げるさまはさすが熟練の技巧だ。グレアムの歌声はさすがに往年の溌剌とした響きではないけれど、それでもしっかりと自身のリード・パートを受け持ってみせる。
リックとグレアムの2本のギターが交錯した“Good Morning Judge”に続いては、再びグレアムがベースを手に取ってあの物憂いイントロを奏でる“I’m Mandy Fly Me”だ。ミックはアコギとパーカッションを同時に演奏しつつ、舞い上がるようにドラマティックな後半パートを歌ってゆく。バンド一体の人力フェードアウトによるフィニッシュまで素晴らしかった。そしてキースが紹介するのは“Life Is a Minestrone”。勢いに乗ったビート・ポップで《mi-mi-mi-mi-mi♪》とユーモラスなフックを転がすさまが何とも楽しい。カルチャーとしてのロックが急激に膨れ上がっていった時代ならではの、冒険的でストレンジなメロディが清々しいぐらいに常識を裏切って突き進む。“Art for Art’s Sake”でのポールは手を滑らせてスティックを落としてしまう場面もあったが、前線3人が揃って楽器をシェイクするノリノリな“Silly Love”にかけて、パワフルなロックのボトムを支えていた。リックがギターのソロを見せるかと思いきや、前方から腕を伸ばして鍵盤をピロピロと弾いてしまう奔放さも楽しい。
豊穣なトロピカル・グルーヴの中でミックのパーカッションが大活躍する“From Rochdale to Ocho Rios”に続いては、イントロで大喝采を浴びて“I’m Not in Love”が披露される。繊細なタッチで空気を震わせるフレーズ、そして美しいヴォーカル・ワークが次々とパズルのように組み重なって届けられる不朽の名曲は、やはり夢見心地な一幕であった。ただ生み出されては消費されるポップ・ミュージックではない、野心的で冒険的なロックの精神が大衆性を獲得する、そのダイナミックな息遣いを現代に伝えてくれる。ここでグレアムがキース、ミック、リック、ポールと順繰りに親愛を込めて紹介し、最後にリックが偉業を称えながらグレアムの名前をコール。そしてレゲエ風のヒット・チューン“Dreadlock Holiday”へと向かっていった。
ポールがドラム・セットを離れてステージを降り、他のメンバーも楽器を手放してしまうのでここで終演かと思われたが、なんと4人が1本のマイクに寄り添い、ドゥー・ワップ風のアカペラ・アレンジで初期10ccのシングル曲“Donna”を歌い始めてしまう。ゴドレイ&クレーム組によるこのナンバー(というか、セット・リスト全体に再結成前のナンバーをズラリと並べ、ゴドレイ&クレーム組による作品も含めた内容だったのだが)をこんなふうに楽しく「遊んで」しまえるということが、10ccとして活動し続けることのこの上ない喜びなのではないかと思える。最後にも賑々しく、それぞれに見せ場を作りながら、総立ちのオーディエンスと共に“Rubber Bullets”をプレイ。5人は肩を組んでお辞儀すると、ステージから去っていった。あの高度で偏執狂的なロック/ポップ・ナンバーの数々を生み出して来た10ccから、この2015年に、「バンドって楽しいんだよ」というメッセージを受け取るとは、思いもよらなかったことだ。(小池宏和)
10cc @ ビルボードライブ東京
2015.01.24