リチャード・アシュクロフトの東京公演初日となった6日、ZEPP TOKYOに足を踏み入れてふと気づいたのだけれど、彼の2000年の初来日の東京会場もこの日と同じZEPPだった。2010年にリチャード・アシュクロフト&ジ・ユナイテッド・ネイションズ・オブ・サウンド名義での来日はあったものの、彼個人の、純然たるソロ来日としてはまさに16年ぶりの日本、16年ぶりのZEPPなのである。そして、8年前のサマソニでのヴァーヴの最初で最後の日本公演と比較しても、やはりリチャードのソロ・ライブというものは全く別種の、特殊で唯一無二の体験だという思いを16年ぶりに新たにした一夜でもあった。
20分以上押して始まったこの日のショウ、記念すべき一曲目は今年リリースされた最新ソロ・アルバム『ジーズ・ピープル』のナンバー、“Out Of My Body”だった。一気に覚醒を促す切れ味鋭いギターのストロークを合図にスポットライトの真下にリチャードが登場、そのいきなりカリスマティックな姿に場内からはどよめきが起こる。ライトが激しく点滅する中パーカッシヴなストリングスが畳み掛けられるクライマックスの勢いをそのままに、そのままヴァーヴの“Space And Time”へ。この日はヴァーヴの曲も躊躇なくがんがんセットに混ぜ込んでいく集大成なパフォーマンスで、リチャードはギターも弾く。
そう、文末のセットリストをチェックいただければ分かると思うのだけれど、この日最も多くプレイされたのはもちろん最新ソロ・アルバム『ジーズ・ピープル』のナンバーだが、次に多かったのがヴァーヴの『アーバン・ヒムス』収録曲であり、この2枚のアルバムにある意味「偏った」セットであった点が、何よりこの日のリチャードのモードを象徴していたと言える。『ジーズ・ピープル』と『アーバン・ヒムス』、19年の時を経て繋がれたこの2枚のアルバムが、リチャード・アシュクロフトというアーティストの肖像を最も正しく象るものだと、彼自身が認めたのが今回のライブだったように思うのだ。『ジーズ・ピープル』と『アーバン・ヒムス』を核とするセットと言うことは、パフォーマンスは自ずとシンフォニックなストリングスがフィーチャーされたミッドテンポのバラッドや、リチャードの温かく深い歌声が響くアコースティックなナンバーが中心になってくるということで、リチャードのアコギが冴えた“They Don’t Own Me”から2016年版の“Bitter Sweet Symphony”と呼ぶべき“This Is How It Feel”の流れなんてまさにそういうものだった。
そして「おれの歌にはすべてメッセージがある」とリチャードが言って始まった“Music Is Power”では、そこにさらにソロ3作目『キー・トゥ・ザ・ワールド』のナンバーらしいソウルフルなグルーヴが加わり、「カモーン!!!」と叫びながらTシャツをまくりあげ、裸の胸の心臓辺りを拳でドンドンと叩くリチャード。そんな“Music Is Power”からストリングスを過剰に盛り込んだドラマティックなアレンジで聴かせ、最後にはリチャードがアコギを抱きしめうずくまった“Sonnet”、そして靴を脱ぎ捨てたリチャードがその靴を両手に持ってビシバシとブチ叩きながら手拍子を促す“Science Of Silence”に至った3曲は中盤のクライマックスで、まさに「これぞリチャード・アシュクロフト!」という正気と狂気の狭間のカリスマっぷりが露になったセクションだったと言える。ちなみにステージでよく靴を脱ぐリチャードだが、ヴァーヴ時代の彼はたいてい裸足だったのに対して昨夜はちゃんと靴下を履いていたのを見てちょっと笑ってしまった。
本編ラストは新作のシグネチャーなナンバー“These People”から鉄板の“Lucky Man”へと繋がれる文句無しの演出で幕を下ろしたが、もちろん「あの曲」も未だプレイしていないし、拍手が鳴り止むことはない。そして再び登場したのはリチャード独り、アンコールは彼のアコギ弾き語りでスタートする。1曲目は会場のファンのリクエストに応えて本当に久々の“History”をプレイ! この曲をリクエストしてくれた人、本当にありがとう! “History”はこの日初めての『ア・ノーザン・ソウル』収録のヴァーヴ曲であり、もちろんセットリストには載っていなかったサプライズの1曲だ。筆者はこの曲のプレイを目の当たりにして、ニック・マッケイヴら他メンバーも含めての「バンド」としてのヴァーヴの存在を、この日初めて意識したように思う。
そう、ヴァーヴのセカンド・アルバム『ア・ノーザン・ソウル』と比較すると、『アーバン・ヒムス』とはヴァーヴというよりも「リチャード・アシュクロフトのアルバム」だったんだな、とつくづく思うのだ。あれは彼のエゴマニアックでスピリチュアルな世界観の元で統一された作品であり、ロック・バンドの共和制の中ではけっして生まれ得なかったアルバムだ。「バンド」としてのヴァーヴはやはり『ア・ノーザン・ソウル』後の最初の解散で終わっていたのだと思うし、“Bitter Sweet Symphony”の高らかな号令と共に復活したのはヴァーヴというバンドではなく、究極的にはリチャード・アシュクロフトという独りの男、唯一無二のカリスマだったのだと思う。彼のソロ初シングルの“A Song For The Lovers”から“The Drugs Don’t Work”へ、リチャードの弾き語り演奏を見守りながらそんなことを考えていたが、“The Drugs Don’t Work”の後半でバンドが合流、そのド迫力のアンサンブルで一気に意識を引き戻される。
「うちの奥さんに見せたいから」とリチャードが会場のファンを撮影、そんな和気あいあいから一転“Hold On”のダンス・ビートでリチャードの2016年がアップデートされていく演出も素晴らしかったし、オール・ラストはもちろん“Bitter Sweet Symphony”、最前列のファンたちに次々にマイクを渡して歌わせていくリチャードと、それに大声張り上げて応える私たちの総力戦で幕閉じたフィナーレも完璧だった。(粉川しの)
〈SETLIST〉
01. Out Of My Body
02. Space and Time
03. Break The Night With Colour
04. They Don’t Own Me
05. This Is How It Feels
06. Music Is Power
07. Sonnet
08. Science Of Silence
09. These People
10. Lucky Man
En1. History
En2. A Song For The Lovers
En3. The Drugs Don’t Work
En4. Hold On
En5. Bitter Sweet Symphony