All Photo by 西槇太一
●セットリスト1.Pop Virus
2.地獄でなぜ悪い
3.湯気
4.ステップ
5.桜の森
6.肌
7.Ain't Nobody Know
8.折り合い
9.老夫婦(弾き語り)
10.未来
11.うちで踊ろう
12.プリン
13.Crazy Crazy
14.SUN
15.恋
16.Same Thing
17.Hello Song
18.私(弾き語り)
「Gen Hoshino’s 10th Anniversary Concert “Gratitude”」と題された、7月12日の無観客配信ライブは、そのタイトルの通り、
星野源のソロ活動10周年を記念して、その感謝の気持ちを込めて行われたもの。ライブを行なった場所は渋谷CLUB QUATTRO。この場所が選ばれたのにも理由がある。星野は10年前の同日、まさにこの地で
初のワンマンライブを行なっているのだ。そんな記念すべき場所、記念すべき日のライブ──というのはひとつのトピックとして心に留め置くとして、この日の配信ライブは決して通常のライブの代替として行うものではなく、この時期、このタイミングだからこそ実現できるエンターテインメントとして、視聴者に新たな体験をもたらしてくれるものだった。
この日、星野源とバンドメンバーはステージ上で演奏を行うのではなく、通常は観客が入るフロアで、全員が円形になって向き合うように、プライベートな演奏を楽しむかのようなスタイルでセッティングされていた。星野のライブをよく知るリスナーなら、これは昨年のドームツアーで用意された、いわゆるセカンドステージの布陣によく似ていると、ピンと来たに違いない。大規模空間の中に設えられた親密なあの空間。まさしく「仲間たちと一緒に楽しい時間を過ごす場所」といった趣が、この日のクアトロに再現されていた。長岡亮介(G/
ペトロールズ)、
ハマ・オカモト(B/
OKAMOTO’S)、河村“カースケ”智康(Dr)、櫻田泰啓(Key)、
石橋英子(Key・Flute)、STUTS(MPC)に加え、ドームツアー時には、上述のセカンドステージには登場しなかった武嶋聡(Sax・Flute)もジョインし、遊び心に溢れたリッチでグルーヴィーな演奏を聴かせてくれた。
1曲目は、フルアコのギターを手にした星野が弾き語り的に歌い始める“Pop Virus”。そこからMPCのビート、ドラムが加わりながらバンドサウンドへと展開していく流れに心が踊る。照明の明滅、画面の下に映し出される歌詞もビートに同期するような素晴らしい演出。躍動感のあるカメラワークも楽しい。続く“地獄でなぜ悪い”のアンサンブルも、武嶋のフルートが効いて、とても気持ち良い。星野がその後のMCで「ライブの代わりにライブっぽい配信をやるのではなく、なるべく近い距離で、(MC用に視聴者に語りかけるためのカメラも用意して)なるべく距離が近いライブをやっていきたいと思った」と語った通り、本当に気の知れた仲間同士が心底演奏を楽しむ様子を、画面越しに、でも至近距離で観ているという感覚だ。ただ観ているというより、そこに参加しているような気持ちにもさせてくれる。STUTSがトークの合間に入れるレゲエホーンの「トゥーン!」という効果音も楽しい。
続く“湯気”では極上のアンサンブルで、変則的なリズムを思い切り遊び倒すような演出で楽しませてくれる。メンバー間のあ・うんの呼吸で紡いでいくバンドサウンド。歌詞のテロップのタイミングも、気まぐれなリズムに合わせるように流れ出て、これも含めてのライブであり、画面越しだからこその楽しみ方だ。そして“ステップ”のグルーヴ感。ビートが前に出るというより、ドラムとベース、そしてMPCのビートが一体となってサウンドを牽引していく、その心地好さを味わう。何度もステージを共にしてきた、そのわかり合えている感じと、だからこそ新たなアレンジでの演奏を楽しめている感じとが、こちらにも明確に伝わってくる。“桜の森”では星野のギターカッティングと、奔放な長岡のギターサウンド、そして柔らかい武嶋のフルートの重なりが楽曲に深い奥行きを与える。星野に思わず笑みが漏れる。
この日、何度も曲終わりにカメラ目線で「ありがとう」と伝えてくれた星野。そうしたコミュニケーションの取り方ひとつにも、このライブへの思いが感じ取れるし、曲が進むごとに、ぐいぐいと心の温度が高まっていくのがよくわかる。河村が「こういうことができて幸せだね。やっぱり合奏っていいなと思って」としみじみ語った言葉を受けて、星野も「そうなんだよね。同じ場で演奏するって特別なことなんだなって改めて思う」とつぶやいたのが印象的だった。その後の“肌”の滑らかにすべるようなアレンジに耳を奪われると、そのまま“Ain’t Nobody Know”で、メロウなギターの音色と星野のファルセットの官能的な響きに、美しい石橋のコーラスが重なって見事なハーモニーを聴かせる。そして次に繰り出されたのが、最新曲“折り合い”である。石橋と長岡のハーモニーの間を滑り込むようにインサートされる星野のラップパート、そのしなやかさ。先日リリースされたばかりの、星野が完全にひとりで制作した楽曲だが、こうしてこのバンドで演奏されると、やはりまた違ったグルーヴが滲み出る。
その後に続いた弾き語りでの“老夫婦”、そして再びバンド演奏に戻っての“未来”という流れは強く胸を打った。人間の生きていく姿、待ち受ける未来を思う。喜びだけの人生ではないし、未来は明るいだけのものではない。けれど、《たった一つだけを君は持っている》の歌声のリフレインが、この日、とてもやさしく心に染み込んだ。2011年3月に書いた曲が、その後に生まれた未来を乗せて、今また新たな思いで歌われる──。感動的と一言では言い表せない、重層的で複雑な思い。それでもこの時代を生きていくのだと思わせる強さを胸に刻む。
SNSを通じて社会現象にもなった“うちで踊ろう”は、河村、ハマ・オカモト、武嶋、櫻田、石橋、長岡ら、バンドメンバーたちによる「Potluck Mix」が5月末に公開され話題を呼んだが、そのライブ初披露とも言える演奏だった。STUTSも加わり、聴いているこちらも思わず体が動き出す。カメラに向かって「みんなでハミング!」と呼びかける星野の声。メンバー全員がメインフレーズをハミングで歌い出す。わけもなく楽しくなってくる。《生きてまた会おう 僕らそれぞれの場所で 重なり合えそうだ》と歌い終えての星野の笑顔。と、思う間も無く河村のタイトな8ビートのドラムが鳴り響き、星野が「この曲を配信ライブでやるのか!」と叫ぶと、“プリン”へと突入。前述したドームツアーのセカンドステージでのセットではおなじみの曲だ。軽快なロックンロールナンバーなのだが、長い長いブレイクで、メンバーたちが好きに語り合う時間こそが醍醐味とも言える。この日は、序盤から「しゃべりたくて仕方がない」といった様子だった河村が、「初孫が誕生した」ことを報告。レゲエホーンも交え、にぎやかな祝福ムードに包まれる。ひたすら「かわいい」を連発していた河村は、曲に戻る段取りも忘れるほどだったが、その穏やかなムードから一転、曲に戻ればすぐに最高のビートを叩き出す。続く“Crazy Crazy”も河村の16ビートがバンドサウンドを牽引し、素晴らしいグルーヴを生み出した。
終盤、「人生のターニングポイント、ギアが変わったタイミングというのはいっぱいあるけれど、こういうことをやりたかったんだっていう気持ちで作れた曲」だという“SUN”を皮切りに、「僕のギアが変わった3曲」として、さらに“恋”、“Same Thing”を披露した。《君の声を聞かせて》と画面越しに語りかけるように歌う“SUN”。「そこのあなたも一緒に!」と言われるまでもなくきっとみんな一緒に口ずさんでいただろうし、「よかったらみんな踊って」と言う“恋”にも勝手に体が揺れる。“Same Thing”は、メンバー全員で歌う《Wabi sabi/Make it messy》に思わず笑顔になりながら、なぜだか泣けてきそうにもなる。
いよいよ「バンドで演奏する最後の曲」となる“Hello Song”に入る前、星野はいつものライブよりも長めに今の思いを語った。「この10年間、ほんとにいろんなことがありました」と振り返りながら、「お世話になった人が山ほどいて、今お礼が言える人と、もう言えない人がいて、そういう人にどうやったら音楽って伝わるんだろうね。そういうことをずっと考えています」という言葉が耳に残る。《いつかあの日を いつかあの日を 超える未来》という“Hello Song”の歌詞が、この日それぞれの日常にしっかりと届いた。「またいつか、一緒の場所にいられたら、笑顔で会いましょう」という言葉とともに、「画面越しでも別にいいじゃーん!」と笑顔で叫んだ星野源。受け取った我々も心からそう思った。画面越しでも最高に楽しい。
バンドメンバーを送り出したあとは、「最後に1曲弾き語りを」と言って、ひとりきりのフロアで“私”を歌う。静かな歌声が響く。憎しみや悲しみがすべてなくなることはなくても、好きな人と《面白いことをしよう》と思える日常があるように──そんな祈りのような思いがこみ上げてくる。最後のギターの一音の余韻が残って、今日最後の「ありがとう」とともにライブは終了した。
2時間たっぷり、濃密で豊かな演奏とトークで魅せてくれた星野源。今年は10周年のアニバーサリーイヤーということで、「これからまた何かあるかもしれないし、もしかしたらないかもしれないんですけど(笑)、たぶんあると思うので」と言っていたが、また新たな企てを期待して待ちたい。
今回のライブは、7月30日(木)発売の『ROCKIN’ON JAPAN』9月号でも、さらに深くレポートする予定なので、よろしければぜひそちらも手にとってみてください。(杉浦美恵)