前半のバンドと後半のソロを通して、ひとつの流動する魂の姿を見ているような、そんなライブだった。前半、魂はサポートメンバーという他の3つの魂と出会い、輪郭を何倍にも厚く大きくしながらエネルギーを爆発させていた。後半は一転し、孤独な魂は己の複雑さや不安定さ、混乱すらも隠さず、私たちの前に露わにしていた。前半が前に向かって一直線に突き進んでいく力強さを表していたとしたら、後半は雑多で、まるで決壊した心から記憶や感情、メッセージ、あらゆるものがとめどなく溢れ出しているかのような印象を与えた。しかし、ライブの後半に現れたその剥き出しの魂が弱々しいものであったかというとそうではなく、むしろ「弱さを受け入れる強さ」と呼びうるものが、そこには表れていたように思う。バンドが縁取りも色づけもされた絵画で、ソロがラフスケッチのようなもの、と想像する人もいるかもしれないが、そうではない。ギターやサンプラー、PC、キーボード、ルーパー……様々な機材に囲まれたソロセットは、この日、MCで秋山自身が「これが本来のスタイル」と言っていたように、秋山黄色というミュージシャンの創作への本能と、その根底にある寂しさ、ぬくもり、そして尽きぬ壮大な想像力を感じさせた。ステージの上にいるのはひとりの人間だったが、その人が生み出すものは何万色もの豊かな色彩を思い浮かべさせた。
秋山は「このあと、秋山黄色という人間が出てきますけど、負ける気はございませんので!」と笑いながら告げ、“燦々と降り積もる夜は”へ。「元気にいきましょう」と、演奏中にそんな言葉を発するほどに、軽やかで清々しい秋山黄色がいる。続く“シャッターチャンス”で、秋山はギターから手を放しマイクを握り、歌と言葉とその身体で、バンドの演奏とともに柔らかく、でも大胆に躍動するグルーヴを生み出していく。間髪入れずにあのイントロが鳴り響き“SCRAP BOOOO”へ、そしてさらにShuntaのダイナミックなドラミングによって接続され、“PUPA”へ。バンドは鮮やかに、熱く、会場を飲み込んでいく。
沈黙と狂騒が混ざり合う“Caffeine”、“アイデンティティ”を経て、バンド編成でのライブはクライマックスへと向かう。“アイデンティティ”の間奏で、秋山は「この曲のタイトルは、元々は“はぐれメタル”だった」と語り出す。はぐれメタルとは、『ドラゴンクエスト』シリーズに登場するキャラクターで、倒せばレベル上げに必要な経験値が莫大にもらえるが、倒すことが難しく、すぐに逃げてしまうモンスターのこと。秋山はその魅力的だが困難で面倒くさくもあるモンスターの名を冠した曲名を、“アイデンティティ”、つまり「存在証明」へと変えたということだ。彼はこんなふうに続ける。「人は、大人になるほど悲しいことを人に話せるようになる。でも弱みはこの歳になっても話せない。話そうと思っても、相手なのか自分なのか、爆速で逃げていく。僕の深層心理。暗くて不安な感じ。……だけど、歌ってるじゃん。これからも、少しばかりの光を見せながら生きていきたいと思います。セッション、飽きるまでお付き合いをお願いします」。
演奏は熱を帯びていく。「生きること」と分かち難く結びついた秋山黄色の音楽は、熱狂的なバンドの演奏によって空間に拡散されていく。“アイデンティティ”のアウトロで秋山は後ろへ振り返り、井手上、Shunta、藤本のほうを向きながらギターを奏でた。バンドセットのラストは最新曲の“ソニックムーブ”。冒頭でギターに問題が発生して演奏を止めるなどトラブルもあったが、それすらも秋山は楽しんでいるようだった。「まだまだ人生は続いていく」──そんなことを感じさせる終わり方だった。
そして「BUG SESSION」ツアーの最後を飾った、秋山黄色(ソロ)。カーテンの幕が上がると、機材に囲まれた秋山が正面(フロア)ではなく、舞台袖のほうを向いて椅子に腰掛けている。前述したようにステージ上にはギターやPC、サンプラーなど、たくさんの機材が彼を取り囲むように設置されているのが見える。実際に見たことはないけれど、彼がかつて──あるいは今でも──ひとりで音楽を作り続けていた自室はこういう感じの場所なのだろうと思わされる光景だ。秋山は立ち上がると、ギターを抱え、ルーパーで音を重ねていく。1曲目はバンドセットと同様に“やさぐれカイドー”。バンドではどっしりと力強く響いた曲。秋山による「ひとり多重演奏バージョン」では、何かを振り切ろうとするような疾走感をまとって響く。揺れ動く精神の起伏が、音楽の抑揚そのものになっているように感じられる。2曲目“夕暮れに映して”を味わい深いギターで奏でると、そのままギター1本で“ナイトダンサー”を披露。「こうして本来の僕を見せる場面は珍しい」と秋山は語ったが、本当にそうなのだろう。ひとりの青年の孤独な部屋から生まれた音楽が、その純度を保ったままで、世界と出会う──そんな奇跡的な瞬間を目撃しているような感覚に浸る。
ソロセットの終盤、“Caffeine”を終えると秋山は「BUG SESSION」はこの先も続ける気満々であると告げた。さらにコロナ禍で失ったものに思いを馳せながら、「……もう歌うしかないからね、本当に。で、みんなに聴かせる。みんなはそれを聴いて明日頑張れるかもしれない。助けられる時は誰かを助けてください。助けたくねえ時は寝ていていいよ。思っているよりも、あなたが助かれば喜ぶ人が周りにいるんだぜ。それがわからない時間が人を追い詰めるのかもしれない。だからライブに来てください。みんなライブに来れば、バッチリ生きてますよ。デカい声を出しに来ているんじゃなくて、デカい声を聴きに来てるんだから。おまえらの声を聴きたかったんだから」と語った。つまり、秋山黄色は「俺の音楽にはあなたが必要なんだ」と言っていた。綱渡りをするように息を吐き、拙い足取りで道を進む命。そんな命そのもののような繊細で美しいピアノの旋律を奏で、彼は本編最後に“PAINKILLER”を演奏し始めた。
秋山黄色の音楽が抱く寂しさとぬくもりの原点に触れるような話だと思った。秋山の音楽は、彼にとっての根源的な愛や幸福を見つめ、奏でられているのだと感じた。
3公演にわたった「BUG SESSION」ツアーは、秋山黄色というミュージシャンの本質を露わにするツアーだった。きっと秋山にとって「セッション」という言葉は、音楽の様式という以上に音楽の本能を表す言葉なのだと思う。「否定」ではセッションは成り立たない。セッションとは「肯定」のことだ。「個」の力で人々を魅了するソロミュージシャンが台頭した時代にあって、なぜ秋山黄色というひとりでバンドのようなサウンドを奏でる存在が現れ、なぜ彼は特別なのか、その理由を思い知るようなツアーだった。サポートメンバーとのセッション、共演バンドとのセッション、観客とのセッション、そして自分自身とのセッション──あらゆる形のセッションを通して、秋山黄色は、その固有の魂の形を浮き彫りにしていた。不器用で、世界と折り合いがつかないことも多そうで、寂しがりで、痛みに敏感で、それでも他者を必要とし、光に向かっていこうとする魂。その魂をこの先もずっと見ていたいと思ったし、セッションし続けたいと思った。間違いなく、大切な記憶として残り続けるツアーだった。(天野史彬)
秋山黄色presents 「BUG SESSION」
2024.4.12 Zepp Haneda(TOKYO)
●秋山黄色(バンド)/セットリスト
01. やさぐれカイドー
02. Bottoms call
03. 燦々と降り積もる夜は
04. シャッターチャンス
05. SCRAP BOOOO
06. PUPA
07. モノローグ
08. Caffeine
09. アイデンティティ
10. ソニックムーブ
●秋山黄色(ソロ)/セットリスト
01. やさぐれカイドー
02. 夕暮れに映して
03. ナイトダンサー
04. 白夜
05. Night park
06. クラッカー・シャドー
07. ホットバニラ・ホットケーキ
08. Caffeine
09. PAINKILLER
Encore
10. 心開き三週間
11. 猿上がりシティーポップ
Part 1・Zepp Osaka Bayside編(w/緑黄色社会)
Part 2・Zepp Nagoya編(w/PEOPLE 1)
提供:株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部