アークティック・モンキーズ @ 恵比寿リキッドルーム

明日はザ・クリブスをオープニング・アクトの日本武道館公演を控えたアークティック・モンキーズのスペシャル・ライブハウス・ギグ(誰かザ・スミス・ファンのアレックス・ターナーとジョニー・マーによるギタリスト対談をやろうという奇特な方はおらんかね)。瞬殺のソールド・アウトで待ち構えたフル・ハウスのオーディエンスは、厳重な「チケット購入本人確認」を経て、フロアを異様な空気で満たしていた。そして18時20分。サポート・ギター兼キーボードを加えたアークティック・モンキーズ4人が登場。

明日のこともあるので曲名は控えるけれど、基本的にはファーストから最新サードまでを満遍なくピック・アップしたセット・リスト。そこに意外性はない。演られるべき曲と聴きたい曲は漏れなくあった。意外だったというかやはりというべきか、いまこのときのアークティック・モンキーズを象徴していたのは、サードで実現されていた彼らの現在地、つまりは「ヘヴィネス」が、このライブ・パフォーマンスにおいても十二分に堪能できる彼らの血肉と化していたことだろう。しなやかな筋肉質とでも呼ぶべき『ハムバグ』の音は、アークティック・モンキーズの「重心」を確実に下げていて、そのことによって疾走感が身上のファーストから奥行きのセカンドへと進んだ彼らのロックもいきなり硬質なストロング・スタイルへと変貌を遂げていた。メッセに登場したサマソニ初出演からマリン・ヘッドライナー時への変身にものけぞったが、このバンドのこうした移動距離の破格さは、ほんの1、2年前の自分たちをも躊躇なく変革させてしまう大胆さがある。とはいえ、昨年のマリンでも散見された(というか、このキャリアならあっても重罪ではないだろうが)演奏の危なっかしさがきれいさっぱり無くなっていた。ジョシュ・オムとの「アメリカ体験」は、バンドを内側からビルド・アップさせていたことがよくわかる。

それにしても、アークティック・モンキーズを観るたびに感じる、この何か形容し難い特異性は何なのだろうか。バンド・セットは2本のギターにベース、そしてドラム。鳴らしている音は弦のアンサンブルこそ細密画のようでこそあれ、基本的にはこの時代に拍子抜けするくらいオーソドックスな音である。というか、でしか、ない。なのに、誰もがそこにどこにもなかった煌きや高揚、あるいは官能や不気味さを感じることができるのはなぜなのか。

あらためて、この2000年代にロックをやろうと志した「幼きアークティック・モンキーズ」がどんな風景を見ていたか、そのことに思いを馳せてみる。そこにあったのは、オアシスになることを夢見てアンセムのインフレに突き進む「ロック」か、あるいは「ロック」などとうに見切りをつけてギターでもベースでもドラムでもないキットから時代性をつかまえる音を鳴らそうと試みる者たちか、そんな風景だったのではないか。もちろん、「幼きアークティック・モンキーズ」がそのどちらも選択しなかったことは歴史が証明しているわけだけど、それでは彼らがやったことは何だったのか。それは、簡単に言ってしまうと、「ロック」の遺伝子組み換えのようなことだったと思う。アークティック・モンキーズを聴くと、そこには大量の「ロックのフレーズ」があふれ出てくることに気づく。フックにリフにタメにブレイクに・・・、それらはたった1曲の中にまるですべてのロック・ヒストリーを詰め込むかのように、異常な欲望のもとに意図されたものだ。“サティスファクション”の必殺リフはなくとも、異なる位相の異なるリフをこの時代の音として響かせるために執拗に組み替え、並び替える。なぜかといえば、そうしないと、この2000年代のロックはヒップホップにもエレクトロニカにも対峙しえないからだ。もうすでに半世紀もの間鳴らされてきた「ロック」のその時代的条件と向き合い、その超克をまさに時代的必然として果たしたアークティック・モンキーズはだからこのように、あたりまえのように「ロック」として響き、あたりまえのように「特異なるロック」として轟くのである。

いつも思うのだけど、アークティック・モンキーズを聴いていると、ホワイト・ストライプスとの奇妙な相関関係を感じてしまう。かたや、埃をかぶって忘れ去られていたブルーズを2000年代のヘヴィでエキセントリックな音像のもとに曝したならば、そもそものロックの原初の瞬間に立ち会えるのではないかと考えたジャック・ホワイトと、ロックの可能性と不可能性を見極め、時代に即したロックの文法構築をこれまで誰も行わなかった分子のレベルで行おうとしているアレックス・ターナー。

どちらも、終演後のオーディンエンスの表情が、どこか哲学的に見えてしまうのは気のせいだろうか。(宮嵜広司)
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