相対性理論+渋谷慶一郎 @ SHIBUYA-AX

1月にトリプル・シングル『アワーミュージック』を共同リリースした相対性理論と渋谷慶一郎。昨年6月には相対性理論の主催イベント“解析I”に渋谷慶一郎がゲスト出演し、ベースの真部脩一が急病で出演できなくなった9月のTAICOCLUB’09 KAWASAKIでは急遽渋谷がキーボードとして相対性理論のステージに上がるなどこれまでたびたび顔を合わせてきた彼らだが、これまで発表されている限りでは、『アワーミュージック』のために行われるライブは今夜のSHIBUYA-AX公演が唯一のものとなる。

また、今日は他に2組のコラボ・ユニットがゲスト出演することも発表されていた。その1組目として、渋谷が主宰する<ATAK>レーベルから2枚のアルバムをリリースしているミカ・ヴァイニオ(Pan Sonic)と、Kouhei MatsunagaとToshio Munehiroによって2006年に結成されたNHKがまず登場。トライバルなビートと、無意識の底から恐ろしい何かが這い上がってくるような猛烈なノイズを響かせる。表現としてはアヴァンギャルドなのだけれど、1つ1つの音が触知可能なほどありありとした質感を持っていて飽きさせない。途中で灰野敬二みたいなボーカル・ノイズが一瞬入ってきて、Pan Sonicが以前灰野敬二と共演していたことを思い出した。

2組目はDJ BAKUといとうせいこう。最初にDJ BAKUが1人で現れる。出だしから手数を尽くした複雑なプレイに目を奪われるが、あくまでポップの範疇に留まった魅力的なビートとリフに、ビョークの“イッツ・イン・アワ・ハンズ”などが組み込まれていく生き生きとした展開が気持ちいい。15分ほど経ってからいとうせいこうが登場し、譜面台に置かれていた本のページを繰りながら「人類なんぞありっこなし、お前だけよ!」「私は進歩しない。旅をするのだ」「善のNation、応答せよ!」と、ステージ上を左右に歩き回りながら身振りを交えて朗唱する。最後は昨年8月のWORLD HAPPINESS 2009と同様、オーディエンスに向かってピース・サインをかざしながら去って行った。

ここでステージには幕が引かれ、その奥でセットの転換と簡単なサウンドチェックが行われる。10分後に客電が落ちて幕が開くと、天井からは大きなシャンデリアが吊られ、奥には一面に深紅のひだ飾りがかけられたステージが現れ、その中央ではやくしまるえつこがフロアに対して半身で椅子に腰掛け、左奥では渋谷慶一郎がピアノの前に座っている。1曲目は“sky riders (vo+pf)”。黒と白のまだら模様のドレスに髪留め式の小さな黒の帽子、左手の人差し指にきらきら光る指輪という衣装で、ささやくようにして歌うやくしまるえつこの姿に会場全体の注意が集まる。

張りつめた空気のなか曲が終わると残りのメンバーたちが登場。渋谷とやくしまるの後ろに右から真部脩一(B)、西浦謙助(Dr)、永井聖一(G)の順で並ぶのだが、印象的なのは彼らが広いステージをぎりぎりいっぱいまで使っていることで、3人から前方のやくしまるまでは5メートルくらい距離があるように見える。渋谷のフェンダー・ローズと永井のギターで始まった“アワーミュージック”でドラムとベースが同時に入った時には、それまでの緊張から一気に解き放たれるような爽快感があった。

5曲目の“BLUE”の後には渋谷だけがステージに残ってマイクを取り、「なぜMCがあるかと言いますと、物販のTシャツを売ってほしいと言われてるんです」と話して客席の笑いを誘う。「新曲をやります。まだタイトルも決まっていないんですが」と続けて言って披露されたのは、ポップで疾走感のある、でもどことなく悲しい感じがするピアノ・ソロ曲。電子音楽の分野ではかなり先鋭的な作品を制作している彼が、ピアノ曲になるとその旋律や和音から「ボーカル・ライン」とか「8ビート」という言葉が浮かんでくるくらい輪郭のはっきりした曲を書くのは不思議だ。

4月7日にリリースされるニュー・アルバム『シンクロニシティーン』からの新曲はなかったものの、『アワーミュージック』の曲だけでなく、“おはようオーパーツ”や“ふしぎデカルト”、“地獄先生”、“四角革命”、“テレ東”、“さわやか会社員”など過去の人気曲もふんだんに披露されたこの夜の全13曲。やくしまるえつこのMCは、本編最後の“スカイライダーズ”の後の「どうも」と、アンコールの“our music (vo+pf)”の後の「グッナイ」の2度だけだった。

でも言うまでもないことだけれど、相対性理論は何よりもその楽曲によって雄弁に語っている。彼らの特徴の1つは、やくしまるえつこの主観的で局限的なファンタジーに彩られたボーカルと、3人の男性メンバーの高度な批判精神が息づいている曲・アレンジ・演奏とのあいだに、他のどのバンドよりも大きな空間がひらけていることだと思う(それは今夜彼らの立ち位置が離れていたことに象徴的に現れている気がする)。空想と現実という相反する要素が気持ちよく同居しているその空間では、聴き手は曲の展開に合わせてそれに同時的に自分なりの意味(学園恋愛ものの甘酸っぱさだったり、ギターとリズム隊のインタープレイの妙だったり)を付与していくことが可能になっていて、それが与えてくれる自由の感覚こそが彼らの人気をここまで高めている理由の1つであるような気がする。

とはいえ『アワーミュージック』では、その空間はだいぶ狭められている。それは渋谷慶一郎の曲という第三の要素が入ってきていることや、その曲が奥さんのmariaさんが亡くなったことをきっかけにして作られたものであることなどいくつかの理由が考えられるのかもしれないけれど、そのことは逆に相対性理論がどのような地盤に立っているバンドなのかを明らかにしてくれているような気もした。今夜、自分たちの作り出す豊かな空間を否定するかのように、“our music”で「ごっこ遊びはもう終わり」と歌われた時や、これは『アワーミュージック』の曲ではないけれど、“バーモント・キッス”で「もうやめた/二重生活やめた」と歌われた時に漂った静かな悲しみからは、どれほど努力してもやはり繰り返し訪れてくるどうしようもない無力感と、だからこそ毎日の生活に少しでも温かみを(“our music”の言う「熱いコーヒー」、“バーモント・キッス”の言う「熱い紅茶」を)見いだしたいという切実な願いが感じられた。(高久聡明)
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