矢野顕子 @ 東京国際フォーラム

矢野顕子 @ 東京国際フォーラム
矢野顕子 @ 東京国際フォーラム
矢野顕子 @ 東京国際フォーラム
『矢野顕子2010「ここが音楽堂!」弾き語りツアー』。このツアー・タイトルがすべてを説明してしまっているのだけれど、今回のピアノ・ツアーは一発録りカバー・アルバム『音楽堂』を全国の会場で再現し、最終的にはこのアルバムのレコーディングが行われた神奈川県立音楽堂でのステージに辿り着く、というもの。そして、幾つかの公演ではスペシャルなゲストが招かれており、ツアー初日となった兵庫公演では岡林信康、東京国際フォーラム公演の1日目では奥田民生、今回レポートする国際フォーラム2日目にはELLEGARDEN/the HIATUSの細美武士とのセッションを披露するというものになっていた。
共演自体はツアーの主だった趣旨ではないけれど、最も掛け離れた世代を越えて互いの表現をリスペクトし、交流を続ける矢野さんと細美の共演、楽しみである。あと、個人的に「あっこちゃん」という愛称を書くのがどうもためらわれるので、ここでは敬称というよりも愛称としての「矢野さん」を使わせてください。

序盤は『音楽堂』のオープニング同様、くるりの“グッドモーニング”で夜明けの訪れをドラマチックに描き出してゆく。矢野さんが他のアーティストの作品をカバーすることはよくあることだけれども、極めて自由闊達な解釈での弾き語りパフォーマンスでは、そのアレンジや間の取り方といった点が更に際立っていちいち驚かされる。それは単に奇をてらったようなものではなくて、歌詞から立ち上る情景や物語、感情を彼女なりのやり方できっちりと消化して、「自分の歌」にしてしまうというものなのだ。「今回のツアーでは『音楽堂』の曲を中心に聴いて頂いてるんですけど、なにせ気が変わりやすいもので」と披露した友部正人“星のつぶやき”ののち、岡林信康の“嘆きの淵にあるときも”では、寒々とした情景がピアノの旋律に浮かび上がる。北国の生まれである矢野さんがこの曲をカバーするということにも、何かしらの必然があるように思う。

「私はだいたい……およそ……52年ほどピアノを弾いているわけなんですが(笑)、それなのにピアノに関してだけであっても、まだ分からないことがあるんです。好きなタイプの人、というのがあるように、好きなタイプのピアノ、というのがあって。でも、自分のピアノを持ち歩いて演奏することが出来る人というのはほんの一握りで、マドンナとか(笑)。マドンナはピアノ弾かないか? ピアニストというのはだいたい、そこにあるピアノを弾くものなんです。いろんな会場で備え付けのピアノを弾いたり、借りてきたピアノを弾いてきてわかったことは、必ずしも(値段が)高いものなら良いというわけではない、ということです。例えば、このピアノより高いのに、誰も弾いてくれないせいで《おれ、もういいっす》みたいに固く心を閉ざしてしまっているピアノもあって。……ダメ! そういうのは。一緒に遊ぼうよ」

矢野さんにとって、音楽とはすべからく出会いであり、語らいなのだ。これだけ独自の境地に至る表現をものにしていても、彼女の内だけで完結しているものなど何もないのだ。忌野清志郎の最新アルバム『Baby#1』に収録された名曲“恩赦”は跳ねるようなピアノで歌われる。清志郎亡き今、まさかこの曲をライブで、こんなに早く、聴くことが出来るとは思わなかった。続けての“きよしちゃん”はまさに今、そこにいる清志郎に語りかけるようにして歌われていたのだった。

そして矢野さんが細美武士を紹介する。細美は黒のジャケットとシャツに赤いネクタイ、VANSのスニーカーという出で立ちだ。レコーディングにかかりっきりで髪が伸び放題に伸びた細美に、まずは一言もの申す矢野さんである。

矢野:「(『巨人の星』の)花形満みたいだ、ってさっき言ったんです
けど」
細美:「矢野さんのライブに行く前に切ろうと思ってたら、今日火曜日で。美容院、開いてなかったんですよ」

エレクトリック・ギターを抱えて椅子に腰掛けた細美とともに披露されたのは、矢野さんのオリジナル曲“When I Die”だ。背後の壁にはいくつもの大輪のバラが投射され、その中で交互に、そしてコーラスではハーモニーで、2人がボーカルを取る。細美はエルレ→the HIATUSでも歌唱法がずいぶん変わったが、このデュエットでもまた穏やかな、これまであまり耳にしたことがないスタイルの歌を聴かせている。続いては細美がギターをアコースティックにスイッチし、ウィーザーのカバーである。

矢野:「細美さんはひとつのことに取り組むと、そのことしか考えません。なので、ときどき社会的には不適合なことがね、ありますね。冷蔵庫買った?」
細美:「買いました。長いこと持ってなかったです。自炊をまったくしないので。例えば、ピノを食べないでカチカチにしておく意味がないじゃないですか。だったら食べたいときにコンビニに行けばいいし。でも、癖って怖いですね。ビールとか、買ってきても冷蔵庫に入れないんですよ。ああー、入れとけばよかった、って」
矢野:「冷蔵庫の中身も、これいつのだろう? じゃなくて、これ何だろう? ということがあって。酢豚が、ショッカーみたいに溶けてたりとか」
細美:「?……ああ! ショッカーっていう食べ物があるのかと思った」

すみません矢野さん。確かにやや社会不適合な細美も細美ですが、「花形満みたいな髪型」とか「ショッカーみたいに溶ける」とか、現在35歳の自分でもギリッギリです。なんとか話に付いていっている細美、むしろ偉いです。高度な音楽的対話が要求されている細美のように、我々オーディエンスも試されているのだろうか。これは、矢野顕子一流のコミュニケーション術なんだろうか。
そしてその後のthe HIATUS“Antibiotic”の広がりのある音像は、オリジナルがそうだからか矢野さんのピアノもフィットする。細美はここで矢野さんとがっちり握手を交わし、ステージを後にしたのだった。

この後、矢野さんは一人でELLEGARDEN“右手”をエモーショナルに披露するなどしていよいよステージは大詰めに。「そういうわけで今日は、皆さんが知っている曲もあれば、聴いたことがあるかも知れないけど矢野顕子が歌うと何だか分からないという曲まで(笑)やりました。最後は皆さんがすぐ分かる曲を、やりましょうね」と、本編ラストは清志郎とのデュエット曲“ひとつだけ”が披露された。アンコールでは細美とともに再度ステージに登場し、二人で共作したという“やさぐれLOVE(仮)”を穏やかに、しかし沸々と思いが沸き上がるようにしてデュエットする。この曲の細美は、矢野さんとのデュエットという距離感をしっかり捉えた歌を聴かせていて、個人的にはもっとも良かったように思う。タイトルのわりに(失礼)美しいナンバーだった。

そして最後の最後に矢野さんが聴かせた“いい日旅立ち”は、こんなアレンジでこの曲が成立するのか、というピアノ・プレイが凄まじい。一歩間違ったら、やたらピアノが上手い子供がふざけて演奏しているような、常識外れのとんでもない一曲になっている。矢野作品としては近年に発表された楽曲が多く並んだが、彼女の音楽との、そして人との対話の歴史を見せつけるような、そういう重みのあるステージであった。(小池宏和)
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