向井秀徳アコースティック&エレクトリック@九段会館 大ホール

「もうちょっとやりましょうか! 大阪では、だらーだらしゃべっとったら3時間半ぐらいになりまして。『帰れ!』って言われましたからね(笑)。今日も会場はケツがあるんで、そんなにだらだらやれないんですけど……でもやりましょう!」。アンコールで登場した向井秀徳のMCに大きな拍手が湧き上がった時点で、すでに開演から2時間半が経っているが、この日の会場=九段会館大ホールにはダレた空気は微塵もない。それこそナンバーガール/ZAZEN BOYSと「鋭い音の刃だけを集めてバンド・サウンドを組み上げる男」としての本領を発揮し続けてきた向井の、「ソングライター」および「ギター・プレイヤー」としての側面だけを純粋抽出して堪能させまくる1人ライブ・シリーズ=「向井秀徳アコースティック&エレクトリック」。3月から22公演(+追加1公演)にわたって行われている全国ツアーもいよいよ終盤戦だ。

広いステージには、向井のトレードマークとも言えるクリーム色のテレキャス、そしてアコギ、アンプ、マイク群、そしてテーブルと椅子だけ。そこへ、黒のハットに黒のスーツ上下でキメた向井。「ようこそいらっしゃいました! あんたたちはえらい! えらいですよ。えー、MATSURI STUDIOからやってまいりました、THIS IS向井秀徳!」というリラックス・モードの……というかすでに酩酊モードの前口上に、若いZAZENリスナーから向井歴10年以上とお見受けするファンまでが大きな歓声を送る。キャリアの長短はともかく、その存在感で言えば「奥田民生ひとり股旅」とタメ張るレベルだ。いや、存在感だけではない。バンドとはまったく違ったアプローチで自らの楽曲を解体&再構築し、厳格かつ鮮烈な音選びの果てに生まれた(そして、傍目にはいたって平易な指使いに見える)コード・ストロークで視界を塗り替える向井のセンスも、明らかに日本屈指のものだ。

“Delayed Brain”のスライド・プレイを交えたアコギ・ループ・フレーズでオーディエンスの脳内麻薬をだだ漏れにさせたり、“Young Girl 17 Sexually Knowing”“KU~KI”の錯乱ポップ感に指弾きプレイでアダルトなムードを混ぜ込んだり、フレーズを次々に重ねて1人テレキャス・オーケストラ状態を描き出す新曲があったり、「レオ・アレキサンダー・今井っていうやつ(LEO今井のこと)と一緒に作りました!」というもう1つの新曲ではひときわジャジーでムーディーなアルペジオに乗せて向井の口ラッパ・ソロ(!)が展開されたり……。およそギター弾き語りで演奏されているとは思えない、清冽でサイケデリックで殺伐とした音風景が広がっていく。

この日の本編は、10分の休憩を挟んで約1時間ずつの2部構成。ツアー続行中なので全セットリストの掲載は割愛するが……といいつつ、前段を読めばだいたい気がつくと思うが、要はナンバーガールの楽曲もZAZEN BOYSの楽曲も区別なく、いたって自然に1つのショウの流れとして編み上げている感じなのだ。演奏曲目に関して、向井が「これはナンバーガールの曲で」とか「これはZAZENの曲で」とか説明することは一切なし。この日の3時間弱のステージの中で向井が自身のバンド名を口にしたのは2回のみ。立川志らく師匠と共演した時の話、そして『JAPAN JAM 2010』で坂田明&山下洋輔と共演するにあたってリハをやった話、のそれぞれで「ZAZEN BOYS」の名前が出ただけだった。前のバンド/今のバンドという先入観なしに、すべてを「自分の世界」として楽しんでほしい……という向井の意図があったからかどうかはわからないが、少なくとも僕はそういうものとして観た。そして、だからこそどの曲にもいちいち感動した。

それにしても。「俺は落語が好きなんじゃなくて、立川志らくが好きなんやろうと思う。たぶん(笑)」というMCから「古典落語=スタンダード」の話を経由してジャズ・サックスの巨匠ジョン・コルトレーンの“マイ・フェイバリット・シングス”のウンチクに流れ込んで、さらに日本のスタンダード=童謡(!)を披露して、そこから切れ目なくビートルズの楽曲へとつないでしまう……そんな支離滅裂な流れを1つのアートとして展開する男は、まず向井ぐらいだろう。曲目と併せて書ければ、向井のシャレっ気が堪能できてさらに面白いんだが。

第1部:10曲。第2部:11曲。アンコールでは「いや、俺は酔っ払ってないっすよ! でも、1つ言えるのは……酔っ払わないやつは人間じゃない!(笑)」という名言(迷言?)の後でカバー3曲、さらにナンバーガールの超初期からのライブ・アンセムの「あの曲」で大団円! なお、前述のジャズ界の大御所=坂田明&山下洋輔とのリハの話で「もう、すごい人たちですからね! てっきり怒られると思ったら、すごい楽しい……ことになりそう!」と語っていたZAZEN BOYS『JAPAN JAM』出演まで、これを書いている時点であと8日。どんな音の斬り合いが展開されるのか、今から楽しみで仕方ない。(高橋智樹)
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする