YUKI @ Bunkamuraオーチャードホール

YUKI @ Bunkamuraオーチャードホール
YUKI @ Bunkamuraオーチャードホール
ステージの幕が開くと、雛壇最前列に上手のドラムスから下手の浦清英によるグランド・ピアノまでが並んだバック・バンド「ザ・ウラー」。そしてその後方上段に控えるのはホーン隊やストリングス隊、パーカッションという大所帯の演奏者たち。壮観極まりないオーケストラ編成で臨む、オーチャードホールでのYUKIスペシャル・ライブ『The Present』。5月にはJ-WAVE LIVEへの出演があったものの、アーティスト主導のステージとしては実に2年ぶりのYUKIのライブ・パフォーマンスである。

星々のように小さな照明が瞬く下で、オーケストラがゆったりとした、重厚なマーチング・ビートを奏で、聴く者の高揚感を募らせる。そこに耳をつんざくようなオーディエンスの嬌声が。なんとYUKI、ステージ向かって右側、1階席の通路に姿を現したのだ。モコモコヒラヒラとした、布がウェーブ状に折られた愛くるしい黄色の衣装とスカート。それはヒヨコなのか花なのか、不思議な形状だが鮮やかに目を奪う。僕はたまたま1階席通路側の席を用意して貰っていたのだが、目の前数十センチという距離でYUKIが“夜が来る”を歌い出す。彼女の生の声が聴こえている。ああああああああああああ。多分僕は半笑いで硬直していたと思う。通路を左側に迂回するコースをとって歌いながら、YUKIはステージへと昇っていった。

壮麗かつ迫力のオーケストラがそうさせるのか、オーディエンスはじっと歌う彼女を見守るようにしていた。YUKIの歌も、どこか落ち着きと優しさを感じさせる印象だ。「こんばんは、YUKIです。今日はスペシャルなメンバーで、スペシャルなメニューで、お届けしたいと思います。立ち上がりたい方は立って、座りたい方は座って、ゆっくりと最後まで楽しんでいってください」。彼女の言葉に一斉に立ち上がり、堰を切ったように声を上げるオーディエンスであった。

ビッグ・バンドがスウィングする“WAGON”では、途中リズムが唐突にボ・ディドリー・ビートに切り替わってオーディエンスのハンド・クラップを誘う。賑々しく展開する中で歌われたのは、あのミスタードーナツのテレビCMでもおなじみ、山下達郎の“DONUT SONG”だった。YUKIのボーカルが楽しげに跳ねる。彼女が黄色い衣装とともにかがみ込んで丸まった姿勢でスタート(後の彼女の説明では「発芽」のイメージなのだとか)し、次第次第に大きなステップで躍動しながら歌われた“歓びの種”では、まさに「ああ、 YUKIの歌だ」という、あの小さな体から全方向に放つ、射抜くような芯の強い声が本領を発揮していった。

「今回は、まずこの衣装について話さなければならないようです。50kgぐらいあります……嘘です(笑)。今日のステージのために作りました!」。男性オーディエンスによる「ホコリが取れそう」という評が秀逸だ。ああいうモコモコヒラヒラの形状に柄が付いた、静電気でホコリを取るやつですね。「『The Present』というのは、贈り物という意味のほかに、present time/今という意味もあります。わたしが今という時間を楽しまなければ、皆さんにも失礼だと思って。次にやる“うれしくって抱きあうよ”は、全部を肯定するために作りました。前に“ふがいないや”という、嫌なことばかり並べた全否定の歌を作ったので。うれしくって、抱きあうんだよ!? 聴いて下さい」。

幸福の瞬間を捉える、どこまでも温かなYUKIの歌とオーケストラの演奏がホールを満たす。歌によって幸福を捉えるというのは、実はとても困難なことだ。本質的に、音楽は人間にとって、幸福を目指すためのツールであり、武器だからだ。現実に訪れ得る幸福とは、本来全力で浸るべきものであって、必ずしも歌わなければならないものではない。世にある「幸せの歌」の大半は、「幸せになりたい歌」なのである。しかしYUKIの“うれしくって抱きあうよ”は、幸福の瞬間を捉えた歌だ。それは他でもなく彼女の中に、すべての否定の後で今現在の幸福を捉えなければならないという意識が生まれ、それを歌わなければならないという必然があったからである。

セカンド・シングルである“プリズム”の《見たことのない場所へと まだ/歩いていけると思ったんだ》というフレーズの後に、彼女は「本当にそう思ったの」と声を震わせながら言葉を添えた。ソロ・キャリアを歩み出した頃の彼女が思いを馳せた未来とは、一体どのようなものだったのだろう。そう考えるとこちらも言葉を失う。「幸福を全力で捉えなければいけない」という意識は、心からそんなふうに思えるだけの経験が彼女にあり、そこから弾き出されたものに他ならないのだ。

一度閉じた幕の前で二胡奏者・土屋玲子による美しい、オリエンタルな旋律が奏でられたあと、エナメル素材で照明を乱反射する、よりアクティブなドレス姿になったYUKIを迎えて“チャイニーズガール”がスタートした。ステージはここから、実に華やかでアッパーなクライマックスへと向かっていった。「小さい頃、わたしがずっと小さい頃、母親が言ってた。歌が大好きなわたしに言ってた。感謝の心を忘れるなって、そしたらこうしてみんなの前で歌えているの……」。そんなフリースタイル・ラップに始まり、コーラスでは大きなシンガロングを巻き起こしていった“ティンカーベル”。ホール内を幾筋ものレーザー光線が走り、ダンサブルな楽曲をバンドで描き出した“ランデヴー”。賑々しいビッグ・バンド・スウィングへと展開するアレンジが見事だった“COSMIC BOX”。そしてオープニング同様の星空の中で荘厳なオーケストラのアンサンブルが響き渡り、ラストに日の出の強い光が射した“朝が来る”。最新アルバムとは逆に、美しく濃密な一夜を体験するかのような、実にドラマティックなステージであった。

アンコールの催促として、オーディエンスが自ら再び、あの“ティンカーベル”のコーラスを歌い続けている。エレガントで穏やかな歌声、キュートな歌声、そしてソウルフルで力強い歌声。今のYUKIが駆使するさまざまなボーカル・スタイルを、豪華絢爛なオーケストラの演奏とともに堪能することもできた夜だった。

終わってからセット・リストを見て気付いたのだが、公演タイトルが『The Present』なのに“プレゼント”は披露されなかった。それでも、公演のテーマはがっちりと伝わってくる内容になっていたのが面白いのだけれど。さて、YUKIは今夏、最新アルバムを携えての全国ツアーや、ROCK IN JAPAN 2010参加という、怒濤のライブ・スケジュールを控えている。(小池宏和)

セット・リスト
1.夜が来る
2.Home Sweet Home
3.WAGON
4.ミス・イエスタデイ
5.汽車に乗って
6.歓びの種
7.うれしくって抱きあうよ
8.ハミングバード
9.プリズム
10.チャイニーズガール
11.66db
12.ティンカーベル
13.ランデヴー
14.ドラマチック
15.COSMIC BOX
16.朝が来る

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