昨年9月にリリースされたデビュー・アルバム『ハピネス』がUKチャート4位を獲得したマンチェスターのシンセポップ・デュオ、ハーツ。BBCが注目のアーティストを選出する「Sound of 2010」で第4位に入ったり、『ハピネス』収録曲の“Devotion”にカイリー・ミノーグが参加したり、低予算で制作されたミュージック・ビデオが驚異的な視聴回数を記録したりと、昨年は話題に事欠かなかった彼らがサマーソニック2010以来の来日公演を行うことになった。
今回の日本ツアーは大阪1夜・東京2夜の計3公演で、最終日で土曜日の今夜のチケットはやはりソールドアウトした。12月にはシザー・シスターズのUKツアーにスペシャル・ゲストとして招かれ、最近ではレオナ・ルイスからコラボレーションの依頼を持ちかけられたという話もある(タイミングが合えば受けるそうだ)彼らの日本での初単独公演となれば、これはまあ当然のことだろう。
開演予定時刻の18時を10分ほど回ってから、ボーカルのセオに加え、サポートメンバーとしてイギリス版『オペラ座の怪人』に出演したという男性のオペラ歌手とドラマー、そしてキーボードが登場(メンバーのアダムの出演は急遽キャンセルされた)。4人ともノータイの白いシャツにスーツ姿で、ステージの奥には黒字に白抜きで大きく「HURTS」と書かれた背景幕が下がっている。
セット序盤は、シンセサイザーの不穏な前奏(レオン・ラッセルの“Song For You”のホーンを思い起こさせる)で始まった“Wonderful Life”から、コール&レスポンスが起こった日本盤ボーナストラックの“Happiness”、そして80’sディスコ風のドラミングと弾むようなストリングスの掛け合いが耳に残る“Sunday”への流れで、会場はハーツのスタイリッシュでポップな、しかしいつもどこか宿命的な匂いの漂う世界に引き込まれていく。大学で日本語の授業を取ったというセオは曲が終わるごとに「アリガト」とか「トーキョー、ダイスキデス」と話し、足下に用意した真紅のバラを時々客席へ投げ込む。
彼ら自身が「『ハピネス』は主に女性について書いたアルバムなんだ」とインタビューで語っている通り、ハーツの楽曲の多くは恋愛関係の終わりと、それにまつわるさまざまな感情の機微を描いている。ただしそれらが直接的に言及されるのではなく、雨や河や雲などのメタファーとしての自然物に託され、コーラスやストリングスやエレクトロニクスによってある種神話的な壮大さにまで高められているところに彼らの独自性があると言えるかもしれない。
しかし、ライブも終盤に入り、コーラスのサポートメンバーが『ハピネス』にシークレット・トラックとして収められている“Verona”をアリア風に歌い上げたあたりから、今夜バンドはもう1つの顔を見せることになった。
“Verona”に続いてアルバムではカイリー・ミノーグが参加した“Devotion”が演奏され、同じミノーグのカバー曲“Confide in Me”などを挟んでから本編最後は“Illuminated”で締めくくられる。「Devotion」と「Illuminated」というタイトルからも分かるように(それぞれ「献身」、「光に照らされた」という意味だが、歌詞の文脈からは「帰依」、「教化された」という意味にも取れる)、これらの曲では一種の宗教的な感情が表明されている。
いわば彼らは破綻してしまった男女関係の闇に信仰の光を対置しているわけだが、このことはガールズやパンダ・ベアといった「宗教的な」出自を持ったアーティストたちがこの数年のあいだ1つの音楽的フロンティアを形成していることと考え合わせると、特に興味深いことのように思われる(ガールズのクリストファー・オウエンスはカルト教団「Children of God」信者の両親のもとに生まれ、パンダ・ベアことノア・レノックスは神秘主義的哲学者のルドルフ・シュタイナーが創設した小中高一貫のいわゆるシュタイナー学校に通い、大学では神学を専攻した)。ある時点から「宗教」という言葉に対して反射的に警戒心が働くようになってしまった日本人の一員として聴くハーツの曲からは、隔たっていく人間関係をつなぎ止めるための忘れられた何かが聴こえてくるような気もする。
「アリガトウゴザイマス、トーキョー!」とセオが挨拶し、アンコールで披露されたのはデビュー・シングルの“Better Than Love”。そう、優れたラブソングの作り手として一躍名を馳せた彼らは、初めから愛よりも良い(better than love)ものを求めていたのだ。そしてそれはまた私たち自身が――おそらく、心のどこかで――切実に求めているものでもあるのだ。(高久聡明)
ハーツ @ 渋谷duo music exchange
2011.01.15