ヤック @ 渋谷duo music exchange

ヤック @ 渋谷duo music exchange
ヤック @ 渋谷duo music exchange
ヤックはケイジャン・ダンス・パーティ解散後、ボーカルのダニエルとベースのマックスが新たに結成した4人組バンドである。『カラフル・ライフ』のわずか一枚を残して2009年に解散したケイジャンは、早すぎた才能の開花に彼ら自身の身体が追いつかなかった、とでも言えそうな早熟でアンバランスなバンドだったわけだが、ケイジャン時代からの熱心なファンが集結してこの日のduo music exchangeはぎゅうぎゅうの大入り。2000年代後半のUKに彗星のごとく登場し、彗星のように去っていったケイジャンのカリスマを改めて証明するかたちになった。

ほぼオンタイムでステージに4人が現れる。向かって左手、ひょろっとした長身にネズミ色のガウン(恐らくホテルの浴衣?)をはおったダニエルはパッと見マッド・サイエンティスト調だが、ウェービーな前髪の間から覗くその顔はまだまだあどけない。だって彼はいまだに二十歳そこそこ、ケイジャンでデビューした時はまだ高校生だった人なのだ。ステージ中央にはベーシストのマリコ、そして右手にはベースからギターに転向したマックスが立つ。

ヤック @ 渋谷duo music exchange
オープニング・ナンバーの“Holing Out”と続く“The Wall”は、身も蓋も無い言い方をするならばもろティーンエイジ・ファンクラブ。さらに言うなら「ああ、『バンドワゴネスク』をやりたかったんだろうなぁ」「ヴァセリンズのハーモニーも試してみたかったんだねぇ」といちいち微笑ましく見守りたくなるような、楽曲のルーツがダダ漏れなナイーブなスターターだったと言える。

私はケイジャンの時代に何度かダニエルにインタビューしたことがあるが、彼が解散間際のインタビューでしきりに言っていたのが80年代末~90年代初頭のグランジとアノラックへの憧れと、USインディのピュアリズムに対する尊敬の念だった。この日のライブのオ―プニングはまさに、彼がそんなかねてからの念願を具現化した瞬間だったのかもしれない。

ヤック @ 渋谷duo music exchange
ケイジャン・ダンス・パーティというバンド、そしてこのダニエル・ブルンバーグという少年がユニークだったのは、「音楽を知る前に音楽を始めてしまった」ことだ。彼らはデビューしてから初めてビートルズを聴き、ボブ・ディランを知ったという少年達だったのである。ケイジャンは音楽を知り始め、学び始めた段階で解散してしまったわけだが、このヤックはそんな彼らの吸収の季節がようやく実りの時期を迎えたことを教えてくれるバンドである。

続く“Shock Down”はアルバム・バージョンよりノイジーでグランジ色の強いアレンジが試され、ダニエルの弾き語りで幕開けた“Suicide Policeman”は逆にノイズを振り払ったクリアな旋律を見出していく。“Milk Shake”のハーモニーにはかつての彼らのサウンドには感じられなかった奥行きが生まれ、そして“Get Away”にはアンセムと呼ぶに相応しい、観客をぐいぐい引っ張っていく動力が感じられる。観客を引っ張っていくということは、彼らには目的地が見えているということで、この意思の芽生え、欲望の芽生えこそがヤックで彼らが初めて手にした境地ではないか。気づいた頃にはアノラックの残影は消え失せていた。

ミュージシャンとしての自我が芽生える前に早咲きの才能が先走って生まれた偶然のバンドがケイジャン・ダンス・パーティであり、偶然の傑作が『カラフル・ライフ』だとしたら、ヤックと彼らのデビュー・アルバム『ヤック』、そしてこの日のショウはミュージシャンとしての必然と具体性に満ちたものだったと言っていい。ダニエルの歌声もかつての茫洋と彷徨う線の細さから一転、腹の奥底から快哉を叫ぶかのようなダイナミズムを獲得している。

ヤック @ 渋谷duo music exchange
続いてはマリコが歌うはっぴぃえんどの“夏なんです”のカバー。これは本当に名カバーなのでぜひボートラとして収録されている日本盤を手にとっていただきたい。おそらくマリコに教えられたのだろう、ドラマーのジョニーが「僕はクマさんじゃないです、ネコさんです」とたどたどしく日本語で自己紹介して笑いを誘う。

そして“Suck”以降の最終コーナー、アンコール・ラストの“Rubber”までの流れは本当に圧巻で、彼らはほんの数十分前まで「アノラックだねぇ」とほのぼの観ていたバンドとは全く別次元な音楽表現体と化していた。スライドギターが導く悠久のカントリー、思索の長旅としてのサイケデリック、かと思えばメロディック・パンクみたいなキャッチーなリフもがんがん躊躇なく生み出されていく。ヤックの新たな顔、未来の顔が垣間見えたクライマックス、それは序章のようなエンディングだった。途方もないポテンシャルをもてあまし気味だった少年たちが真のミュージシャンとなっていく過程をわずか1時間強のショウの中で示した、そういうとんでもなく濃密な一夜だったと思う。(粉川しの)
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