あのディアフーフとこのザ・ビッグ・ピンクがそれぞれに単独公演を打った昨夜の東京、US/UKの最先端オルタナ・ヒーローの揃い踏みにどちらのライヴに行こうか悩んだ方もけっこういたのではないだろうか(私もその一人です)。ザ・ビック・ピンクの今回の来日は、来年一月にリリース予定の新作、その名も『フューチャー・ディス』のお披露目の意味も含んだウォームアップ・ギグとなる。
ザ・ビッグ・ピンクは2009年リリースのデビュー・アルバム『ア・ブリーフ・ヒストリー・オブ・ラヴ』で一躍脚光を浴びた、ロビー(Vo&G)とマイロ(Key/Vo)からなるデュオ。ビッグ・ピンクの音楽は、簡単に言ってしまえば2000年代のダブステップ以降のエレクトロの最新マナーで80年代後半~90年代初頭のオルタナティヴ・ロック(主にシューゲイザー、ネオサイケ)を再構築してみせたもの。つまりエレクトロとロックのクロスオーヴァーという、クラクソンズ~フレンドリー・ファイアーズ(本日東京公演!)以降のUKロックの大きな潮流を受け継ぐユニットである。そんな彼らの新作『フィーチャー・ディス』はよりバンド感の増した生音&ロックンロール寄りの仕上がりとなっていて、ライヴでその新作からのナンバーをどう調理するのか注目していた。
この日のオープニングはマイロのDJセットだ。そもそもマイロはビッグ・ピンクのメンバーであると同時に、UKの先鋭的ダンス・レーベルMerok Recordsを主宰する男でもある。そんな彼のDJはライヴ本番前にとりあえずフロアの空気を温めようとするアゲ盛り系のプレイではなく、アブストラクトなダウンビートが淡々と繋がれていくそれはビッグ・ピンクのパフォーマンスの序章として位置付けるべきものだった。いずれにしてもダブステップ・シーンの重鎮として活躍するマイロの存在がビッグ・ピンクのクロスオーヴァーに大きく寄与していることは言うまでもないだろう。
ビック・ピンクのステージはギターのロビーが中央に立ち、彼を取り囲むように左右のキーボード&ラップトップが中央に向き合って配置される。フロアに身体を向けているのはギターとドラムスだけだ。このステージ・フォーメーションは、かつてはビッグ・ピンクの音楽性を象徴するものでもあった。マイブラ由来の轟音が幾重にも反響する空間をギターとブレイクビーツが一筋のラインとなって走り、シンセのレイヤーからなるウォール・オブ・サウンドに激突していく。キーボードとラップトップによって設計された箱庭の中で反響の実験を繰り返すような密室性が、ビッグ・ピンクの音楽のポイントであったと言ってもいい。しかし昨夜のライヴは、そんなビッグ・ピンクの密室性が取り払われていく、決壊のダイナミズムを感じさせる彼らの新章となっていた。
最初に彼らの変化に気づいたのは、2曲目で披露された“Velvet”、『ア・ブリーフ・ヒストリー・オブ・ラヴ』中でも際立って轟音恍惚型のこのサイケデリック・ナンバーがめちゃくちゃ醒めたバージョンに進化していたのを目の当たりにした時だった。ビートとヴォーカルの強化によって煙幕のように立ちこめていたサイケデリック・ノイズが四散し、密室の轟音反響プレイを蕩けそうな脳みそで楽しむふわふわしたムードが一気にリセットされていく。そして何と言っても素晴らしかったのが『フィーチャー・ディス』からのナンバーで、中でも特筆すべきが“Give It Up”だ。フロアめがけてがんがんビートが突き刺さってくる攻撃型のアンセムで、しかもリズムのベースは超ロックンロール。エレクトロとロックを融合させると言うよりも、エレクトロとロックをガチンコで対決させるテンションでビッグ・ピンクの新曲は作られていて、“Give It Up”はその究極のかたちだったと思う。
クロスオーヴァーという名の下でエレクトロとロックのヌルい妥結点を探す昨今のシーンに対するアンチテーゼのようにも感じる新曲群だった。かつてそれを最も洗練されたかたちでやっていた彼らだからこそ、今そこからの脱却を強く望んだのかもしれない。そして『ア・ブリーフ・ヒストリー・オブ・ラヴ』時代の最大のヒット・ナンバー“Domino”が2000年代のクロスオーヴァーを象徴するアンセムとしてではなく、超キャッチーな「普通のポップ・ソング」として鳴るクライマックスの風景に、彼らの現在地を見た。全10曲で50分ちょいというミニマムなショウながら、ザ・ビッグ・ピンクとUKシーンの2012年を占うには十分すぎるほど濃い時間だったと思う。(粉川しの)
セットリスト
1.Stay Gold
2.Superman
3.Jump Music
4.Give it up
5.Too Young to Love
6.Palace
7.Rubber Necking
8.Dominos
9.Loser ur Mind