ジム・オルーク/石橋英子 @ 渋谷WWW

「ジム・オルーク/石橋英子~band set show“芸害vs.もう死んだ人たち”~」という名称が示す通り、ジム・オルークと石橋英子がそれぞれバンドを率いて演奏する今回のイベント。特にジム・オルークについては歌ものの自作曲をフィーチャーしたライヴを行うのが珍しいということもあり、渋谷WWWには多くのファンが駆け付けた。

先にステージに上がったのは、昨年1月にソロでの3rdアルバム『carapace』をリリースした石橋英子。彼女のバンド「もう死んだ人たち」のメンバーは、『carapace』のプロデューサーでもあるジム・オルーク(G)に加え、須藤俊明(B)、山本達久(Dr)、波多野敦子(Vl)の3人。ピアノの前に腰かけた石橋英子が「ドラムのジョン・ボーナムさんはクビにしましたので、新メンバーはマリス・ミゼルのKamiさんです」等々と「もう死んだ人たち」というバンド名にかけたウソのメンバー紹介を行って、演奏に入る。

「去年の30日から1週間レコーディングしてました。できれば全曲新曲でやりたかったんですが、勿体ぶって今日は4曲だけにします」と言って披露された新曲は、はっきりとした調性を感じさせないコード進行によって醸し出される複雑な陰影が、次々とパターンを変える変拍子のリズムと、それに伴うメリハリのきいた曲調の転換によってめまぐるしく切り替わっていく内容。分からないものをあえて解決することなく分からないままに進展させていくような、しかしそのことによって何ものにも束縛されない自由が保障されているような感覚が心地良い。

こうした実験性は、続いて演奏された『carapace』からの“face”と“hum”では、歌によって牽引されている度合が新曲に比べて強いように思えた。すでに聴き慣れているせいもあるかもしれないけれど、“face”と“hum”の伴奏が前衛的な部分を持ちながらも全体として石橋英子の歌に奉仕するために1つの方向を向いているように感じられるのに対し、新曲では各楽器がそれぞれ独自の声を持っていて、歌としての輪郭の鮮明さよりは、そこに展開される風景の散らばり方とヴィジョンの広がり方に重点を置いているように感じられた。

20分ほどの転換を経て、ジム・オルークが1人で登場。アコースティック・ギターを持ち、椅子に座って弾き始めたのは、1997年のインストゥルメンタル・アルバム『Bad Timing』から“There's Hell in Hello but More in Goodbye”。荒涼としたアメリカの大地の無辺際さと温かさを感じさせるメロディが奏でられるさなかにバックバンドの「芸害」(といっても「もう死んだ人たち」のメンバーに石橋英子が加わった先ほどと全く同じ編成なのだが)が入って、ガムラン音楽に使われそうな音色の鉄琴を皮切りに、10分以上かけて徐々にヴォリュームを上げながら壮大な音世界を構築していく。

ルース・ファーの“Stupid as the Sun”を挟んだ後には、ジムが「あのー、次の曲はたぶん誰も知らない。はい、ほどこします(「お届けします」の意味?)」と話し、ワウを効かせたヘヴィーで長いギター・ソロがある新曲も披露。2001年作『Insignificance』からの“Good Times”、1999年リリースの同名のEPに収められた“Halfway to a Three way”など、幅広いキャリアのあちこちから人気曲が立て続けに演奏される。

石橋から「よくしゃべるね」とつっこまれるほど、曲のあいだには半分独り言のようなものをぶつぶつ話し続ける日本在住7年目のジム。本編最後の“Therefore I Am”の前にはギブソンSGを抱え、「このギターは4か6ヵ月前にハードオフで買いました。店で弾いたら良かったのに、帰ったらクソになっちゃった。ハードオフ・マジックだね。3万円でした。次の曲は『ハードオフでギター買った』の物語」と話して笑いを誘った。

アンコールは、印象的なギターのフレーズが始まるのと同時に歓声が上がった代表作『Eureka』のオープニング曲“Women of the World”。「世界の女性たちが台頭するよ/だってそうしなければ世界は終わりを迎えるだろうから/さして時間はかからないだろうさ」というアイヴァー・カトラーの意味深な歌詞を反復してほとんどシャウトするところまで持っていき、今夜のイベントに華々しく幕を下ろす。

これまでほとんど捕捉不可能なほど多岐にわたる活動を行ってきたジム・オルークだけれど、少なくとも今夜のライヴでは、その中心に据えられているのは素朴な、アメリカーナ的なギターの弾き語りであるように感じられた。長らく東京に拠点を移し、日本文化にどっぷりと浸かっているように見える彼がこれほど濃密にアメリカ的な音楽を演奏しているのは注目に値することだと思う。現代においてほとんど失われてしまった、脈々と連なる歴史と広大な空間に根ざしたその音楽の母性的な包容力のようなものに、彼は今も魅せられているのかもしれない。そしてそれは今を生きる私たちみなにとって必要なものでもあるのだろう。一人ひとりが温かみを持って世界を受け入れ、それが終わりを迎えないようにするために。(高久聡明)


石橋英子withもう死んだ人たち
1. 新曲
2. 新曲
3. fugitive
4. 新曲
5. face
6. hum
7. 新曲

ジム・オルークwith芸害
1. There's Hell in Hello but More in Goodbye
2. Stupid as the Sun
3. 新曲
4. Hotel Blue
5. Good Times
6. Halfway to a Threeway
7. Answers to Your Questions
8. Therefore I Am
9. Women of the World
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする